作:近藤せいけん
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***小説**** ***ファンタジー***
ノラ猫黒ちゃん ザ・カッパ①
天国の鐘① ザ・カッパ②
天国の鐘② ザ・カッパ③ローズ島の秘密
天国の鐘③ ザ・カッパ④満月の日
天国の鐘④
白ひげ相模庵 道心塾
白ひげ相模庵 相模屋洋太郎
白ひげ相模庵 相模屋 さち
白ひげ相模庵 大吉の留学 大阪①
青龍祭の夜 1(清川村)
青龍祭の夜 2(清川村)
青龍祭の夜 3(清川村)
青龍祭の夜 4(清川村)

ノラ猫黒ちゃん
  
毎朝、玄関さきの通路のはじで、この家のご主人さまをまっている。この家に飼われている二匹の犬の朝の散歩のあと、もらえる「えさ」をしんぼう強く待っている。
この家には、飼い猫の「ミィー」ちゃんが室内にいる。しかしノラ猫「黒」ちゃんは「ミィー」ちゃんに会ったことはない。
いつも、家の中から聞こえる,鳴き声を聞いて、「ミィー」ちゃんを想像している。
「 会ってみたいな、どんな猫かな・・」
鳴き声で、メス猫であることは解っている。二匹のこわい犬に阻まれて、家の中を見る事は出来ない。
「 しんぼう強く,待っていればいつか会える」と思っている。
「早く、会いたいなぁ~」とため息がでちゃう。
ノラ猫「黒」ちゃんは雨の日がキライ。雨が降っていると玄関のはしで待っていられない。たまにエサがもらえない日もある。雨の日は屋根のある物置の棚の上でまっているが、この家のご主人様に忘れられてしまう。お腹をすかして、次の日の朝まで待たないとならない。とてもツライ日となる。
だから「黒」ちゃんは雨がキライ。
ある夏の日、朝の散歩で、二匹の犬がこの家のご主人様に連れられ、元気よく散歩にいった。その後、玄関ドアが少し開いて、そこから、この家の猫が顔をにゅう~と出した。
おもわず、「かわい~い」と。
でも、すぐ引っ込んだ。
「 黒ちゃん」はもう一度 「にゃ~お~ん」と鳴いてみた。
ドアは開かれなかった。
それでも、「黒ちゃん」はあきらめず、玄関ドアの前に行き「 にゃ~お~ん 」と呼んでみた。
すると、中から 「 にゃ~にゃ~」と甘い声が返ってきた。
飛びあがって喜んだ。
「 にゃ~お~ん 」とまた鳴いてみた。
 すると突然犬が帰ってきた。大きなうなり声で 「 わん、わん、わん~」と「 わん、わん、わん~」二匹の犬が吠えた。
「黒ちゃん」はビックリして、毛を逆立てて、あわててにげた。また次の日も二匹のこわい犬が散歩に出たあと、玄関ドアの前に行き「にゃ~お~ん」と鳴いて、「ミィー」ちゃんを呼んでみた。
「ミィー」ちゃんも家のドアの内側から「 にゃ~にゃ~」と鳴いてこたえた。
それから、毎日二匹のこわい犬が散歩に出たあと、ノラ猫「黒」ちゃんは 玄関ドアの前に行き「にゃ~お~ん」と鳴いて、「ミィー」ちゃんを呼ぶ。「ミィー」ちゃんの声は聞こえるが、姿は見えない。一度だけ、「ミィー」ちゃん見たきりだ。
いつしか、春が過ぎ、夏がゆき、朝晩、涼しくなった秋を迎えた。
いつものように、二匹のこわい犬が散歩に出たあと、玄関ドアの前に行き「にゃ~お~ん」と鳴いた。 しかし今日は
「ミィー」ちゃんの鳴き声が聞こえない。
「 あれ、どうしたんだろう」「 なぜ、返事がないのだろう?」
すごく、心配になった。
それから、毎日、玄関ドアの前に行き「にゃ~お~ん」と鳴いた。 でも返事は返ってこない。
ある冷えこんだ、寒い朝。 この家の小さな女の子がノラ猫「黒」ちゃんにエサを持ってきた。
「 さあ~たくさんお食べ」
「ミィー」ちゃんの分まで、食べてね」
「 あのね、「黒」ちゃん、 「ミィー」ちゃんねぇ、天国にいってしまったの」
「 お星さまになったの」
それでも、毎日 ノラ猫「黒」ちゃんは二匹のこわい犬が散歩に出たあと、玄関ドアの前に行き「にゃ~お~ん」と鳴いていました。

 


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天国の鐘①

天国の鐘 第一打

今朝に限って、早く家を出た。
小泉 笑太郎,四十二才 本厄(ほんやく)の厄年(やくどし)である。二十五才で結婚し、妻と、二人の子供の四人暮らしである。
妻,四才年下の咲江。長女さくら、高校三年の十七才。 長男辰夫、中学三年生の十四才。
平凡ながら幸せな家庭である。
笑太郎が家を早く出たのは、この本厄を気にして電車に乗って、ある場所のお宮様に厄落としに行こうと昨夜、決心したからである。
住まいは小田急線「本厚木駅」近くの相模川沿いの古い一戸建て住宅に住んでいる。
ここの家は古いがとても気に入っている。
それは二階の彼の書斎件荷物置き場から、ゆうゆうと流れる相模川が見えるからである。
毎朝,川の流れを見て「川から元気をもらう」
と彼は思っている。
厚木駅で相模線に乗り換えて、あるお宮様にむかった。駅の階段を下りた時、身体に異変が突然おきた。
「 うぅ~ 胸が苦しい、息ができない・・・」
意識が薄れ,座りこんだ。
駅員が飛んできた。
「お客さん! お客さん! 聞こえますか」
「意識がない。大変だ! 救急車を早く呼ばなければ」
笑太郎は薄れゆく意識の中で、ピポ~ピポ~という救急車のサイレンを聞いていた。
厚木市内の病院の集中治療室に運ばれた。
「意識がない! 心肺停止! 」
「早く家族をよんで!」
「ダメだ、助からない」
一時間が過ぎた。家族がとんで来た。
「あなた!あなた! どうしたの あなた!」
「お父さん!お父さん! 起きて!目を覚まして! お父さん~・・・」
「お父さん~」
「お医者さん! 父を助けてください!」
お医者さん、看護婦さんもただだまって下をむいていた。
 笑太郎は病院の集中治療室の部屋にいた。なんで、家内や娘、息子が、泣いているのか解らなかった。
それに身体がとても軽く感じた。
「 あれ? もしかして、俺、空中に浮いているのかな?」
「おかしいな~」
「 上から家族を見ている」
「そうだ、名前を呼んでみよう」
「咲江!咲江! 咲江~」
「 あれ?俺の方を見ない」それじゃ、娘の名を呼んでみよう。「さくら! さくら! さくら~」
「あれ、見ない? どうしたんだろうか~」
「辰夫! 辰夫! 辰夫~」
「ありゃ、ありゃ」
「 ちっとも振り向かない?」
「こりゃ、おかしい~ どうなっているんだろう?」
ベットに近づいてみる。
「ありゃ、ありゃ こりゃ何だ?」
「もしかして、俺じゃないか? と言うことはもしかして、俺~」
 「あれェエ~ 死んだの? え~え~わぁ、わぁ~」
「どうしょう! どうしょう!」
「落ち着け! 落ち着け~」
「俺は死んだんだ・・・」「 死んだんだ・・・」
「だから、みんな泣いている」
「 そうか・・死んだのか・・」
「それにしても、何と軽やかなことか!」
「どこでも、飛んでいけそうだ~」
「 死んだにしては,ちっとも、悲しくない。かえって、気分は楽しい。変だ」
妻の前に立つ、しかし泣きじゃくる妻は笑太郎の姿も形も何も見えない。感じられない。
娘のさくら呼びかけてみる。何も感じてもらいない。息子の辰夫にも声をかけてみる。何も答えてくれない。
「そうか、俺の姿、形、声、何も見えない、伝えられないんだ。」
「俺、本格的に死んだんだ」
「そうか・・・」
「もう少し、生きていたかった。せめて、二人の子供が成人を迎えるまで」
「妻にもっと優しくし、預金をしておけばよかった」
「 死んではいられない、そうだ天国の神様に頼みに行こう。もう一度、地上に戻して下さいと、お願いしょう!」
「善は急げ、だ!」
「さて、どこに天国があって、神様はどこにいらっしゃるのだろう」
身体を包みこむように、移動が簡単で、心で思った瞬間、自分が行きたい場所に瞬時に移動する。驚異である。
笑太郎は心で、天国と念じた。すると即座に移動した。
「 ここが天国か?誰もいない・・」
「あれ? あそこに大きな川が流れている。あるが三途の川かな、行ってみよう」
川の向こうに誰かが座っている。長い白いヒゲをはやした仙人みたいな人が遠くを見つめていた。
「もし、もし、お尋ねいたしますが、ここは天国ですか?」
「あなた様は神様ですか? 」
「 わし、か。わしは魂を管理する仙人 じゃよ」
「 お帰り、よう、もどつた。 ナンバー一億八千四四四番」
「エ、エ~ ナンバーなんかあるのですか?」
「 そうだよ、お前の生きているうちの名、小泉 笑太郎 日本人だ」
「 さあ~みんなが待っている、そこにある階段を登りなさい」
「 楽しいこと、うれしいこと、好きなこと、行きたいところ、何でも出来て、幸せに暮らせるよ」
「 それが、天国だ 」
「 え、え~でも、私、もう一度、地上で生きたいのです。小泉 笑太郎にもどりたいのです。」
「家族のもとに戻りたいのです。お願いいたします。戻して下さい 」
笑太郎は必死に「 仙人 」に頼んだ。
「それは、出来ない。笑太郎にはもどれない 」
「 ナンバー一億八千四四四番の地上での定命(じょうみょう)は尽きた。」
「 もどることは出来ない 」
「でも、わたしの家族が心配で、まだ、これから、手のかかる二人の子供,そして、最愛の妻、とても、残してゆけません」
「 最初は、皆そう言うな。 でも、すぐ慣れるょ。」
「 さぁ~天国に行きなさい」
「次の魂が待っているのでなぁ」
それでも、笑太郎は必死に頼んだ。「仙人 」じっとの顔をみつめてていた。
「それ程言うなら、おぬしの生涯をを見てみょう。」
仙人は杖を笑太郎にあてた、すると、廻りどうろのように、生まれた時から、少年時代、青年時代、社会人時代、結婚し家庭人なって時代、そして、死ぬ、寸前まで、あらわれては、消えた。そして、仙人は軽くうなずいた。
「 おぬし、なまずの研究をした、時期があったようじゃな」
「 なまずの病気を治す、薬を開発したな。良き事をしたな」
笑太郎は自身で、忘れていた事を思い出した。
あれは、三十になったときの事であった。当時,出世かしらで、同期の中で、一番早く、課長に抜擢され、人生の絶頂期であった。会社は東南アジアに拠点を置く、中堅の輸入商社で、笑太郎は穀物を担当していた。穀物相場で、投機を行なっていた。一〇億円の投機資金で、相場を張っていた。最初はすこぶる順調で、さらに社内の反対を押し切って、さらに、一〇億追加した。直属の部長から毎日のように。
「 小泉君、大丈夫か、本当に当たるのか」
と声をかけられた。
その度、笑太郎は
「 どんと、マカシテ下さい。」
胸を叩いた。
しかし、予想は見事ハズレ、十数億円の損害を出した。結果、左遷。
クビにならないだけで、儲けもの。
そして、東北の片田舎の,ナマズの養魚場へ責任者に飛ばされた。
部長は送りだす時
「二,、三年辛抱しろ、時がくれば、よびもどすから、」
家族と離れて、単身赴任であった。
ナマズとの格闘が始まった。
根からの情熱タイプ。 当時のナマズ養魚はなかなか難しく、大きくなると、共食いをしたり、病気にかかりやすい。採算ベースに乗らないのである。
そこで、池の構造を変えたり、予防薬、なるべく、自然の植物を使っての効果的な薬、
えさの改良、開発に精力的に取り組んだ。
地方の大学や研究機関を訪ね歩き、研究に没頭した。
三年が過ぎた。
野山を歩きまわり、野草を採集した。偶然発見したある草の成分を、ある物質と混じり合わせると、とても、安全で効率的な予防薬が出来ることを発見した。
その成果は学術誌で取り上げられた。
結果、ナマズの養魚場の事業も起動にのった。
本社に再度よび戻された。
「思い出したか、人間という種だけに貢献する事は当たり前だが、うん~うん^」
 「おぬしは他の種に貢献した」
 「大変、立派、立派」
 「よし~、おぬしの願い聞いてあげよう。もとの人間界に、小泉 笑太郎にもどしてあげよう」
「 ただし、一つ、条件がある」
「戻して、いただけるのですか!」
「わぁぁ~うれしい! 有難うございます」
「よく、聞け、 笑太郎! 」
「 はい!何なりの、聞きます」
「 ここに 天国の鐘がある。」
黄金に輝く小さな鐘が浮かんでいた。
「 この鐘がおぬしの命の鐘だ」
「 この鐘音が五回、響くまでがおぬしのおまけの人生じや。」
笑太郎はじっと、自分の命の鐘をみつめた。
「 はいでも、すぐ,なり終わる事がありますか」
 「 それはおぬししだいじゃ」
「おぬしにおまけの人生を与えた。良き日々をおくれよ」
 「 鐘の音はおぬしの心に響く。心して生きよ!」
「それでは、戻すぞ。また会おうぞ 」
笑太郎は家に戻った。
何か暗い、窮屈な場所であった。家族のすすり泣きが聞こえた。
煙が目にしみた。思わず,目頭を押さえた。
手が木にぶっかった。
すすり泣きが止まった。
その時
「天国の鐘の音が心に響いた」
「第一打が鳴っている」



 


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天国の鐘②

一瞬、室内は静まりかえった。皆、氷ついたように一段高い祭壇の棺おけを見詰めた。笑太郎の弟の小太郎がおもむろに立ち上がった。
「叔父さん、確かに、何か、音が聞こえたよ」
と長男の辰夫が、少し震え声で話した。
笑太郎の弟の小太郎は葬式の手伝いで、厚木の家に来ていた。
小太郎が棺おけの観音開きの顔部分のふたを開いた。
笑太郎の青白い顔があった。
小太郎がじっと見詰める。何の変化も無かった。
「何だ、気のせいだょ 」とほぅ~ としてふたを閉めようと観音開きに手をかけた。
その時何気なく、笑太郎の青白い顔を見た。
笑太郎の目が開いた。みつめ会う。
「わあ、あ~あ~あ、」
「どうした、叔父さん!」
「目が、目が、見ている!」
「え~え~ 何だって、何だって」
一斉に立ち上がった。
妻、咲子が慌てて、駆け寄る。
祭壇にぶっかった。供花が倒れ、花が散らばる。
「貴方~貴方! 」と叫ぶ。
笑太郎の目から涙が溢れる。
「 生きていてくれたのね、貴方~」
笑太郎と咲子の目と目が合う。
笑太郎が口を開く。
「早く、ここから、出してくれ~」
「息苦しい~」
皆が慌てて、笑太郎を棺桶から出す。
奇跡が起こった。生きかえったのである。
それからが、大変である。
すぐに救急車がピポ~ピポ~とケタタマシク到着した。近所の人も何事かと、とおまきに見つめる。
市立病院に運ばれた。あの集中治療室である。
立ち会った医師が唖然(あぜん)とした。
心臓、動脈、全てが治っていた。数日前の映像と見比べて、医師は言った。
「これは、現代の奇跡だ!」
「こんなことがあろうとは~」
「医学の常識を破った!」
「医者をやっていて良かった。」
さらに、驚きは勤務先の会社に伝わった。
直属の原部長は直ちに、専務に報告にあがった。
桶川専務は驚いた。
「え、え、そんな事があるのかょ!」
「シブトイいねぇ~さすが、さすが、小泉君だねぇ」
原部長が 「専務、どうしましょう?」
   「彼の処遇は、どうしましょうか?」
「ううん、そうだねぇ~・・・」
「数ヶ月、自宅待機にして、様子をみよう」
「えぇ~そうしましょう」
それから,しばらくして、専務室に呼ばれた。
「部長、少し考えて見たんだが・・」
「そう、部長、こうしよう。」
「健康が回復して、出社して来たら、現在の課長職をとき、次長に昇格させよう」
「え、次長にですか!」
「昇格ですか? あの彼が・・・」
「そう、次長にだ」
「はい、・・・」
「だが、部下は一人もつけない。窓際で、のんびりしてもらおう」
「なるほど、そうですか、了解いたしました。」原部長は手をパチンと打つた。
これで、彼の会社での処遇が決まった。
一方、妻の咲子の喜びは大変なものだった。
それからと言うもの、毎日、身体に良い食事、
料理の本を読みあさり、栄養士の所にも
足を運んで熱心に質問し、健康に良い料理を
作り、笑太郎に食べさせる事に没頭した。
「長生きさせなくちゃ~長生きさせなくちゃ~」が咲子のお題目となった。
父思いの娘のさくら、心から喜んだ。
父の病気を治すため、一日も長く生きてもらうため、医者になることを決意した。
さくらは進学高の名門、厚高の三年生、医学部受験を目指して、猛勉強が始まった。
どうしても、国立大学の名門,東大医学部に入りたいと、日夜猛勉強を続けた。
「必ず、入学するわ!」と心で唱え続けた。
さくらは厚高でも成績はトップクラスである。
母も心配するような、猛勉強ぶりであった。
「大好きな、父の為のも、ガンバル」
「医者になって、父に長生きしてもらう」が合言葉である。
いつしか、夏がゆき。秋が過ぎ。受験の二月がやって来た。
無事、受験は終わった。
「どうにか、出来たと」心では思った。
しかし、三月の合格発表があるまで、心配の毎日であった。
父は最近、すこぶる元気で、会社に通い始めた。
出勤自由、タイムカードなし、決まった仕事なし。机と椅子だけで、電話なし。まるきりの窓際族である。挨拶するのは、玄関にいる、守衛さんだけ、ほぼ、全員が無視。
でも、笑太郎次長は常に前向き。落ち込むことなを知らない,天性の明るさ。同僚からは、「能天気」と陰口をたたかれているが、本人、一向に気にしていない。毎日、とても、楽しそう。本当の「能天気」である。
でも、娘の事は心配している。
「はたして、東大は大丈夫だろうか」とても、心配している。
娘に他の大学も受験したほうが、よくないか。と話してみたが、笑ってかぶりを振る。
「能天気」でも娘のことは心配なのである。
娘は、娘で。
「我が家の経済力では無理」
「父に余計な負担をかけたくない」と思っている、親思いなのである。
「今年、ダメでも、来年、受けるから大丈夫よ。心配しないで」と、
いつも、答えている昨今である。
「そうかなぁ~」と応じる、笑太郎であった。
いよいよ、三月が来た。
合格発表の日である。朝から慌しく、一家で、本郷の東大に向かった。
当日は、快晴。
絶好の合格発表日よりである。
看板の前は沢山の受験生、その家族、在学生、合格者を胴上げするアルバイトの学生、さすが東大である、報道人も多数かけつけていた。
受験票の番号を見る。
「さくら、番号は何番だ!」
「四四四番よ!」
「四四四番。ずいぶん変わった番号ね」
と妻の咲子が言った。
「そんなこと、いいから、早く探せ!」と皆が看板の番号を目で追おう。
一番,最初に、さくらが見つけた。
「あ;あ;あった~」
「え、え~どこ~」
「あった!、あった!、あったぞ!・・」と
笑太郎が指指した。
「四四四番」
心の底から喜びが上昇した。
「さくらが咲いた」
笑太郎の脳裏に,ふと、「桜ばな いのちいっぱいに咲くからに 生命をかけてわが眺めたり」
岡本かの子の詩が浮かんだ。
その時である。
天国の鐘が心に響いた。
第二の鐘が静かに、祝福するように鳴っていた。





 


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天国の鐘③
あれから、三年が何事もなく、無事過ぎた。
さくらは東大医学部の三年生、弟の辰夫も姉の後を追い、厚高に入り三年生、学校でもトップクラスの成績である。
辰夫も家族思いの優しい子、「 僕も医者になって、お父さん、お母さんを守りたい」と、姉の後を追って、東大医学部を目指している。
一方、笑太郎は相変わらず、窓際族、会社の皆から、完全に忘れられた存在。
彼の窓際の机の周りは,衝立で囲まれ、他からはまるきり見えない存在。
挨拶するのは、守衛のオジサンのみ。咲子が毎日、作ってくれる、愛妻弁当のおかげ、社内食堂もいかず、お茶も毎日、自分で入れる。
結果、誰にも合わず、話合うこともない。
笑太郎、一向に、めげない。
根からの、脳天気である。
でも、人にはチャンスが誰にもあるものである。
笑太郎は一日中、暇なため、カセットテープを持ち込んで、英語、ベトナム語の勉強を続けていた。
英語は前から話せたが、今では、英字新聞を毎日読みこなせるまでなっていた。
ベトナム語をカタコトであるが、ダイタイ、話せるまでになっていた。
ある日のこと。
いつものように、遅く出社し、玄関からエレベーターに乗ろうとして時の事である。
この社の副社長がベトナムからのお客様を迎えて、エレベーターに乗ろうとしたとき、
ベトナムのお客様がバックを落としてしまい、バックが笑太郎の足元に転がった。
すぐに拾い、お客様に手渡した。
ベトナムのお客様が「ありがとう」とベトナム語で御礼を言った。
笑太郎「 どういたしまして」とベトナム語で答え、さらに
「ようこそ、弊社におこし下さいました」と答えた。
ベトナムのお客様が「 あなたはベトナム語が上手ですね」と言った。
エレベーターに一諸に乗り、行き先ボタンをお客様が降りる階と、自分の降りる階とを押した。 二,三、ベトナム語で会話を交わした。副社長が感心して、やり取りを聞いていた。先に会釈して、エレベーターを13階で降りた。
いつものように、窓際の指定席に座り。自分でお茶を入れ、愛妻弁当を取り出した。今日はお握り弁当である。一個目を食べながら、買ってきたスポーツ新聞を開き、実に気楽に、食べながら、読んでいた。
何か衝立の向こうが騒がしい。
部長や課長の声がする、
あわただしく、フロアーを駆け巡る靴音がする。
誰かを探しているようである。
だが、笑太郎とは、関係のない、向こう側の世界。と本人を思っている。
突然、衝立が、斜めに押し下げられ、部長、課長の顔が見えた。
部長は真っ赤な顔し、課長は真っ青の顔が、こちらを、睨んでいる。
笑太郎はあわてて、スポーツ新聞を置き。口にくわえた、おにぎりを弁当に戻した。
「君、先ほど、副社長にお目にかかったか?」
今度は、課長が 「顔にごはん粒がついている。能天気君、いや、小泉さん」
「君はベトナム語が話せるのか?」
「何かの間違いだねぇ~君じゃないよlねぇ・・・」
「はい~さっきのベトナムのお客様ですね」
「だいだいの話はできます。」
「え、え~本当かねぇ」
「当社にはベトナム語を話せる社員は誰もいない。」
「副社長が君に副社長室に急いで来るように御呼びだしだ」
「この私にですか?」
「そうだ、君にだ!」
「さあ、早く仕度をして、僕について来なさい」
一緒に衝立を出た。フロアーの皆がビックリして、全員がこの光景を見ていた。
大.珍事である。
副社長室に向かう。
「何で、君なのかね~」とブッブッつぶやきながら。部長は歩いた。
「私も大変、驚いています」
「ベトナムのお客様が英語を話せると、副社長も勘違いしていたようだ」
「それで、君のお呼び出しだよ」
「君、本当に話せるんだろうねぇ~」
と言っている内に副社長室の前に着いた。
ドアを軽くノックする。
「どうぞ~」と中から声がかかる。部長と一緒に中に入る。
「座りたまえ」と副社長が声をかける。
「こちらが、ベトナムからお越しになった、フアン、ドンさん、挨拶をしなさい」
「先ほどは、どうも、またお会い出来て光栄です」
「こちらこそ、先ほどは、有難うございます」とベトナム語で会話した。
副社長とフアン、ドンさんとの話し合いが始まった。笑太郎が通訳をした。
順調に事は進み。商談が成立した。
帰り際、フアン、ドンさんと握手をした。
「今度、ぜひ、ベトナムをお尋ね下さい。お待ちいたして、おります」
一階の玄関まで、お見送りをした。
副社長に声をかけられた。
「あとで、部長と来るように」
笑太郎の人生が変わった。
部長と一緒に副社長室に入る。
「ところで、小泉君と言ったね。」
「君に仕事を与えよう」
「君を、ベトナム開拓の責任者に抜てきしょう」
「やり方は部長と相談して、君にまかせよう!」
「部長、良く、面倒をみるように」
「は、は、は~かしこまりました」
笑太郎の人生の転機である。
チヤンスが訪れた。
そして、彼の周りの衝立が取り払われ、しかも、何も無い机に、早速、電話、コンピュターが置かれ、その上、専用の女性の社員が配置された。
何が、幸運を呼び込むかわからないものである。
笑太郎は立ち上がり、窓から外のビルを眺めた。
「ふう~」息を吐いた。
ベトナムに向かった。
機中で、思い出していた。
妻、咲子が、「本当に大丈夫と、何回も心配し、出かける直前まで、あれ、これ、指図していた」
「大丈夫だよ、無理しないから」
娘のさくらも心配して、大学病院からいくつもの種類のくすりを持ってきてくれた。
ベトナム航空の乗り,成田から約六時間、
ホーチミン空港に降り立った。
迎えの車が来ていた。
大型のジープに乗りホーチミンシティー市に入った。街中は、オートバイ、オートバイの洪水である。それも日本製のメーカー「ホンダ」である。
道一杯、オートバイ、車は曲芸的にオートバイの川を泳ぐように、街の中心にむかった。
運転士のベトナム人が盛んにベトナム語で話しかけて来た。適当にうなずいて、外の洪水を見ていた。
街の中心地に近かずいた。
目をやると、絵を沢山並べている画材店が見えた。気になった。
「運転手さん、車を止めて下さい」とベトナム語で話した。
車を緩やかに減速して、店の前に止まった。
店に入ってゆく、店長らしき、人物が微笑えんで、迎える。
その場所で、絵を数人の人が絵を描いていた。
写真を見ながら、それは、見事に描いていた。
「絵を描いて、もらえますか」と尋ねた。
「どうぞ、この椅子にお掛け下さい」
笑太郎は椅子に座った。すると、店長はデジカメで、すばやく、数枚の写真を撮り、終わると。キヤンバスを立てた。すばやく、デッサンが始まった。
笑太郎は座りながら、ゆっくりと軽く、目を閉じた。

その時である。
天国の鐘が、心の中に響いた。
第三打の鐘が鳴っている。
静かな、荘厳な響きである。
鳴っている鐘の音をしばらく、聞いていた。

そっと、目を開いた。
何となく、一つの絵を見た。
絵に人物らしき、像が浮かんだ。
像がはっきりしてきた。
「あっ、」
「ナンバー一億八千四四四番、良き日々を送っているようじゃなぁ」
と誰にも聞こえない、心の会話が聞こえた。
「仙人様、教えて下さい、第五番目の鐘は、あと、どのくらいで鳴るのですか?」
「どうぞ、教えて下さい。お願いいたします」
「それは、おぬし、しだいじゃよ」
「自分の残された人生を知りたいのです!」
しばらく、沈黙が流れ、仙人が答えた。
「全ての 生きとし生きる物、必ず、定まった、限りある生命じや」
「それが、気がついていない者の多い事」
「特に、人間という、種は日々気がついた、生きかたをしていないなぁ」
「どんな、生き物も必ず、わしの、ところに戻ってくるのじゃ、」
「仙人様のところにですか」
「そうじゃよ。わしのいる、天国へ」
「え、え、本当ですか」
「おぬしも、そうであった」
「これを見よ。」
「え、砂時計じゃないですか?」
「そうじゃ。砂時計じゃ」
「ただし、ただの、砂時計じゃない、命の砂時計じゃ」
「え、え、」
「この砂時計を逆にひっくり返す」
「生まれた瞬間から、砂は音もなく、サラ、サラと下へ落ちてゆく、これが定命(じょうみょう)じゃ」
と言って
「「ナンバー一億八千四四四番、よく、日々を生きよ、世の為、人の為、いろんな種の為,限りある生命を,生きよ」
像が消えた。



 


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天国の鐘④


早いもので、笑太郎は無事,五十二才を向かえた。
倒れてから、一〇年の歳月が流れた。
今では、第二部の営業部長に昇格し、二つの課を統括する、責任ある地位についていた。
仕事はすこぶる順調で、営業成績も良く、抜擢してくれた、副社長の厚意に十分に答えた。
ベトナム、ラオス、カンボジャア、タイ、インドの担当で、これかれ益々、経済発展が予想される、新興国である。
仕事はやりがいのある、注目される仕事内容であった。
「 能天気、ゆうれい 」等の陰口は、今は昔の感があった。
大変、活気のある部所となり、花形の部長の地位にいた。
娘のさくらも東大医学部を出て。東京 本郷の近くの賃貸マンションを借り、一人住まいでガンバッテいた。
「 多くの、生まれてくる、生命を守る、医師になりたい」と大学病院の産科に勤務する医師となり、多くの患者を診察し、信頼の厚い先生となっていた。
息子の辰夫も医師となり、厚木の、市立病院の内科医として、勤務し、忙しい毎日を送っていた。
ある朝の事であった。
笑太郎はいつものように、六時に起き、近くの相模川の土手に登り、散歩をかねて、川の流れに沿って歩いていた。
その時、遠くの中学校の鐘が聞こえた。
とても、気持ちのよい、音色であった。そして、
「 ふと、天国の鐘、第四の鐘の事が頭をよぎった」
 毎日、忙しく、第四の鐘のことは、忘れていた。
「 俺の人生は、後どのくらい、残っているのだろう」
「 今,鳴ったら、どうしょう・・」
川岸に腰かけて、相模川の流れを、じっと見ていた。
「 この川の流れのように、人生も流れている。」
「 俺のおまけの人生、このままでいいのか?」
「 子供達も育った。俺の役割もそろそろ、終わった」
「 相変わらず、会社人間で、毎日、毎日、忙しい、仕事優先の日々、ん、ん~」
「 これでいいのか?」
「 そうだ、咲子と話合ってみょう」
家に戻り。
「 今日、午後3時頃に帰宅する。たまに二人で食事をしょう」
と妻に語りかけた。
「 え、え~どうかしたの?」とちょっと、心配気味に、答
えた。
「 たまには、食事をするのも、良いだろうと思っただけだょ」
「 そう・・」とちょっと、不安そうに答えた。
笑太郎は早退をし、早めに自宅に帰った。
咲子が玄関先で出迎えた。
「 ずいぶん早い、ご帰宅だ、こと」
「朝、 夕飯を一緒、しょうと言っただろう」
「 どう、飯山のアツギ・ミュージアムで,綺麗な夕焼けでも眺めながら、食事をするというのはどうだ」
「 いいわねぇ」
「 じやぁ、すぐ、仕度をしなくちやぁ」
「 さあ~いそいだり、いそいだり!」
咲子が車を運転して、飯山の「アツギ・ミュージアム」に向かった。小鮎川沿いを、清川村に向かう途中、右手の小高い丘の上にその旅館はあり。旅館からは厚木の平野、丹沢、大山を一望できる景勝地に立っている。
庭には露天で食事する東家(あずまや)があり、そこからの眺めは、大変、気持ちの良い、心洗われる場である。
「 ここの(川ふぐ)は絶品だよ」
「 この恵みポークもうまい。何でも、この先の清川村の豚で、きれいな水、きれいな空気、新鮮な野菜、で飼われた豚だそうだ」
夏の暑さも行き、初秋の気持ちよい風が頬に優しく吹き、
東家(あずまや)での静かな一時は、心を癒してくれる、二人だけの別世界であった。
「 これを、お食べ。白身魚で、ふぐみたいな食感でとても、おいしい」
「 本当ね、歯ごたえもあり、ふぐを食べているみたい。おいしい」
「 さぁ、この、恵みポークを焼こう」
ポークと野菜を網にかけ、炭火で焼き始めた。
薄い煙が立ち、ジュジュと肉が、程よく焼け、二人は口に運んだ。
「 とても、やらかく、とても、ジュシイー」
「 本当、うまい」
「 来て。よかった」
二人はしばらく会話もなく、もくもくと食べた。
咲子が最初に口を開いた。
「 あなた、何か、話し、したいことが、あるんじゃないの?」
「 そうじゃなくちゃ、この場所に、連れてこないでしょう」
少し、間があいて、笑太郎が口を開いた。
「 実は・・・今の会社を止めようと思う」
「 もう、子供達も、二人とも、医者になり、立派に育った」
「 ここらが、自分の人生を振り返る、時かなぁと思う」
「会社人間から、何か別の生き方をしてみたいと、昨今、考えている」
「 そう、何か、あなたが決意しているなぁと思っていました」
「 私はあなたに、ついていきます」
「 どんな、決定でも」
「 ありがとう、ありがとう」
「これで、気が楽になった」
「 ところで、あなたは何をしたいの?」
「まだ、具体的に決めたわけではないが・・・」
「 これからの人生、世のため、人のため、他の種のため、この星のため、何かしてみたい」
「 まあ、何と大きな希望だ、こと!」
「 あなたのいいように、生きて下さい」
「 どこえ、でも、ついてゆきます」
「ありがとう、早速、明日、副社長にお話する」
笑太郎は暮れなずむ、丹沢の山々をじつと、見つめた。
その時である、第四の鐘が静かに、祝福するように、心に響いた。それは、それは、荘厳な鐘の音であった。
何気なく、近くの平らの置石に目が止まった。
白い衣をまとった老人がすう~と、座っていた。
「ナンバー一億八千四四四番、良き日々を送っているようじゃなぁ」
「 あ、天国の仙人様!」
「天国の仙人様!私の残された人生はあと、どの位ですか?」
「 どうぞ、教えて下さい!」
「 それは、おぬし次第、じゃ」
「 命の砂時計が、早くなるか、ゆっくり落ちるかは、おぬしの人生次第、どんな生きかたをするか、おぬしが決めることじゃ」
「 でも、知りたいのです。残された人生の時間を」
天国の仙人様との心の会話は、隣にいる妻には何も聞こえない。仙人様はしばらく遠くを見つめ、黙っていた。
そして、口を開いた。
「 それ程言うなら、教えよう」
「 第五の鐘は、明日鳴るかも知れない」
「 え、え~え、本当ですか!明日ですか・・・」
「 そうじゃ、おぬしのいる世界の明日,鳴るかも知れない、また、鳴らないかも知れない」
「 早すぎる、明日では困ります」
「 おぬしが、知りたいと言うので、教えた」
「 でも、明日では、あまりに早すぎます」
「 それは、どうかな、今、今日は鳴らないということだ」
「 もう、時間がありません」
「 ほう、時間が無い、とおぬしは言う」
「 今、今日があれば、十分のはずじゃが」
「 いえ、明日ではあと、数十時間しか、ありません」
「 あと、一年、せいぜいあと半年、生かして下さい」
「どうか、お願いいたします」
「ほう、おぬしは、おぬしの世界での考えかたで、ものを言う」
「 天国には、時間と言う考えかたはない、時間は存在しない」
「 おぬしの世界が作りあげたもの、作りごとじゃ」
「 え、時間はないのですか?」
「 そうじゃ、今という、永遠の時があるじゃけ、じゃ」
「 おぬしの世界では、いくら、話しても理解出来ないじゃろう」
「私には、理解できません・・」
「 理解できなくて、よいのだよ」
「おぬしの人生は、おぬしが決めるもの、全ての 生きとし生きる物、必ず、定まった、限りある生命じや」
「 おぬしは、魂(たましい)の旅人」
「ナンバー一億八千四四四番。今を生きよ、現在を生きよ、そして、よく生きよ」
「 残された、おまけの人生、よく生きよ」
「定命(じょうみょう)、第五の鐘が鳴るまで」
「 天国で待っているぞ」



 


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白ひげ相模庵 道心塾

江戸時代の天保の頃、相模の国の三田村に大吉という、働き者の農民がいた。
母さき、弟りゅう、妹はな、の四人暮らしで、父親は大吉が幼いときに流行り病にかかり、死に、母さきも、病弱で、寝たり、起きたりが続いていた。
大吉が一家の働き手として田畑を守り、野菜を作り、川で魚を取り、町に売りにゆき,生計を立てていた。
天保の時代は、長雨による洪水、冷害が続き、各地で、飢饉者が続出し、一揆(いっき)や、打ちこわしが起き、
天保四年に始まった「天保の大飢饉(だいききん)」は天保十年頃まで続き、暗い時代となっていた。
その頃の相模の国の三田村も長雨による洪水、冷害が続き、日照不足による、米の収穫も例年の三分の一になり、食べる物が少ない毎日だった。
ただ、三田村は、大河相模川、中津川、小鮎川の豊かな川に恵まれ,鮎を、はじめ,鯉、ウグイ、うなぎ等沢山の魚が取れる、川の幸に恵まれ、長雨、日照不足による被害もどうにか乗り切れる土地がらで、恵まれていた。
ある日のこと、大吉は相模川に昨晩、仕掛けておいたうなぎ取りの竹籠を取りに向かいました。一つ、一つ、竹籠をあげましたが、うなぎは入っていない。
病気の「さき」に、滋養がつく、うなぎを食べさせたいと、このところ、毎朝うなぎ漁に出向いている。
「 今日は、不漁だな、困った」
「 かかに、食べさせる、うなぎがない」
「 しょうがない、今日は大根汁を作って、皆で暖まろう」
「 さて、川の漁は、終わりにして、畑に行こうか」
相模川の川岸を自分の畑に向かって歩き始め、小道の曲がり角の「おじぞうさま」に。
「 おじぞうさま、おじぞうさま、どうか、かかの病気をなおして下さい。お願いいたしますだ」といつものようにお祈りをささげ、畑の見える、畦道に来たときである。
一人の白い、長いヒゲを生やした、年寄りが大きな切株に座っていた。大吉は不思議に思って、年寄りに声をかけた。
「 もし、もし、見慣れぬ人じゃが、そこで何をしてるのじゃ」 
「 身体がどこか、悪いのか?」
「 どこの村の者か?」
大吉は立ち止まって、腰をかがめ、年寄りを見つめた。
少し,間が空いてから、静かな、心に染み透るような声で返事が返ってきた。
「 おぬしの、望みは何だ?」
「 え、おらぁ、のことか?」
「え、え~突然、何でそんなこと、聞くんだ」
「 おぬしの事を知っているからだ・・」
「え、え~ 白ヒゲのおじいさん、おらぁの事を知っているか?」
「 すべてじゃ」
「 全てじゃと・・・」
「 それじゃ~聞くけど、おれの名はなんという~」
「 ふ、ふ、ふ、三田村の大吉。母、さきと、四人で暮らしている」
「 え! 何で知っているんじゃ?」
「 誰かに聞いたのか?」
「 今日は、川で、うなぎ漁をしたが、一ぴきも上がらなかった。 どうじゃ」
「 母、さきの病気を早く治したいと、いつも、天に祈っている」
「 どうじゃ」
「 うわぁ~たまげた」
「白ひげさん、あんたは何者だ」
天を指指した。
「 仙人様か!」
「 ・・・・」
「さて、大吉、おぬしに尋ねる、おぬしは大人になったら何になりたい?」
「 おぬしの望みは何だ・・」
大吉はこの不思議な白しげの年寄りを、天の仙人様と思った。
「 おらぁ、は百姓じゃ、おらぁの、てても、じじーも百姓じゃつた、だから百姓を続けていくしかない」
「 そうか、百姓を、な・・」
「それが、おぬしの望みか?」
少し、間が空いて、
「 本当は、かかの病気を治してあげたい」
「 一家揃って、幸せにくらしたい。食べ物で、苦労をしたくない」
「 この長く続く飢饉で、たくさんの人が死んだ。早く、食べ物で飢える事がないような、実り多い田畑を作りたい。」
「 村人が病で亡くらないようになって欲しい」
「 でも、どうしたら、よいか、おらぁにゃ解らない」
「そうか・・・」
不思議な白しげの年寄りは、じつと、大吉の顔を見つめ、静かな声で語りかけた。
「 それでは、おぬしに良き、運を開いてあげよう」
「 え、本当ですか!」
「 これから、三日後、早朝、西から、お坊様がこの前の道を通る。そのお坊様におたずねしろ。おぬし次第じゃが、運が開かれるかもしれない」
「 うんだ、解った。おらぁ、前の道で待つだ」
「 そうか、それは上々。それじゃ行け、さらばじゃ」
大吉が頭を下げ、頭を上げると、もう、白しげの年寄りは消えていた。 
三日が過ぎた。
白しげの年寄りから教わった、畑近くの道で、大吉は「お坊様」待った。
夜が明け、少しづつ、明かるんできた。すると、じゃらん、じゃらんと音が、だんだん、近づいてくるのが感じられた。
「 お坊様がきた」
大吉は地べたに,正座をして、お坊様を待ちかまえた。お坊様に輪郭が見え始めた。
お坊様が大吉に気がつき、立ち止った。
「 ほう、わらべではないか、そこで何をしている」
「 何故、そこに座っている。こんなに早くから」
大吉は頭をあげ、「お坊様」を見つめた。
「 お坊様、お坊様、どうか、お教え下さい!」
「 おらぁ、どう生きたらよいか!」
「 おかあ、弟、妹、の面倒を見て、このままずっと百姓を続けてゆきたいが、おかあ、病気、弟、妹はまだ幼い」
「お米、このところ毎年、不作つづき、畑の作物をダメ」
「 三流の川があるから、どうにか生き延びられる。」
「食べ物がなく、村でも、争いが絶えない、流行(はやり)病まいにかかる者も多く、病人も増えている」
「 どうしたら、よいか解らない・・・」
「 ・・・・」
「 おまえの名は何という」
「三田村の大吉といいますじゃ」
「ほ、ほ、ほう、良き名じゃなあ」
「 いくつになる」
「九才になりますじゃ」
「 そうか、それじゃ、大吉、おまえは字が書けるか?」
「 いいや、書けない。本も読めない。」
「 そうか・・・」
「 おまえは、どう生きたらよいか!と拙僧にたずねた」
「 それは、答えを出すのが、難しい」
「 教えたくれないのですか」
「 今のおまえでは、教えても、解らないだろう」
「 え、ダメですか・・」
「 ところで、大吉、おまえは拙僧がこの道を通ることを、どうして、知ったのか?」
「 誰かに、教わったのか」
大吉は三日前の不思議な体験を「お坊様」に話した。
お坊様は静かに、大吉の話を聞いていた。そして、心の中でつぶやいた。
「 ほ~う、何となぁ、やっと、拙僧が探し求めいたものに出会えた」
「 この三十有余年、流浪の旅、やっと、天はお示しあった。ありがたや、ありがたや、」
「安住の地を決めん。この地といたそう。そして、この童に修行して得た全ての知識、経験を教えよう。良かった、ありがたや」
おもむろに、大吉の肩に手を置き、右手でありがたいお経を唱えた。
「 大吉、おまえ自身で、生き方の回答を見つけださねばならない」
「 その手助けは、この拙僧がしょう」
「え、本当ですか!」
「 但し、七年の間、拙僧のもとに一日おきに通い、学問をしなければならない」
「 、七年もですか・・・」
「 わははは、はは~」
「そうじゃ。七年間じゃ。但し、明るくなってから、村の衆が野良にでるまでの一時でよい」
「 でも、おらぁ、毎日、川の漁、田畑をしなければならない」
「 そこを、工夫せよ」
「よいな。大吉、おまえが決めることじゃ」
「 この先の、荻野村の古いお寺に住まうつもりじゃ。待っておるぞ、大吉」
「 はい・・・」
大吉は考えながら、自宅に帰った。
「大吉、何か考えことか?」
「 う、うん、うん、・・」
「 実は、おかあ、不思議なことがあってさぁ~」と白しげの年寄りの話をし、「お坊様」の話を、皆に話して聞かせた。
母さき、弟りゅう、妹はなも黙って聞いていた。
「 それは、大吉、天のお導きじゃ。有難いことじゃ。ぜひお受けしろ」
「 そうだよ、あんちゃん。おらが、その間は代わりにがんばるから「お坊さん」のところへ通ってくんろ」
家族みんなが励ましてくれた。
大吉は腹を決めた。
「 早速、明日から、「お坊様」のところにいこう!」
「「お坊様」から学問を教わり、かぁかや、家族の為、村の人の役ににたてるように勉強をしよう」
次の日まだ暗いうちから、「お坊様」のいる荻野の荒れ寺を目指した。
その寺はまるで、廃墟で、とても住める状態ではなかった。
しかし、「お坊様」は平然としてお堂に座り、お経をあげていた。
お経が終わると、大吉の方に振り返り、座り机に手招きし座らせた。
「 大吉、よく来た。おぬしに今日から、読み,書き。学問を教える」
「 まず、この墨をする、よく見ておれ。このように墨をする」
「 次にこの板に文字を書き、覚える。」
「 筆をこのように持つ、なるべく小さい字でなぁ。何回も消して書くからなぁ」
「 さあ、始めるぞ。」
「そ、そ、そう、ゆっくりなぁ」
「 さてと、拙僧の名を書くぞ、道心(どうしん)と読む」
「どうしん様ですか」
「 おまえの名を書くぞ、だいきち。よい名じゃ」
「 さあ、書いてみろ」
「 おお、うまい、うまい。それでよい、それでよい」
僧道心の、大吉に対する、手をとり、足をとりの教えが始まった。
大吉は一日置きに荒れ寺に通い、帰りには、僧道心先生の書いた、手本の巻き紙をもらい、家でも畑でも、毎日、勉強を続けた。
そして、一年が過ぎた。
今では、本読めるようになり、字も書けるようになった。
ある日のこと。
僧道心先生に連れられ、山に入り、薬草を探した。薬草の種を取り、保管をし、また先生が各地を放浪の旅路で収集した薬草の種を、翌年寺の畑にまくのだと、教えられた。
二年が過ぎた。
僧道心先生の指導のもと、先生が集めた、いろんな薬草の種を畑にまいた。
丁寧に畑を耕し、水をやり、薬草の成長を待ち望んだ。
春がゆき、夏が過ぎ。収穫の秋が来た。
「 さぁ、大吉、薬草を刈り取るぞ。種類ごとに、丁寧に扱え」
「 はい、先生。収穫は楽しいですね」
「 そうじゃ、実りとは有難いもの。天の恵みじゃ」
「 刈り取った薬草を天日で干す、しかるのち、鉢を使って、薬を調合する。手順をよく覚えておけ」
「 この薬が出来たら、かか様に煎じて飲ませ。必ず快方に向かうはずじゃ」
「 本当ですか! 先生有難うございます」
「 それから、村人で病気にかかっている者にも、治療しょう」
「 それは、村の衆が喜びましょう」
荒れ寺での薬草による、治療がはじまった。村人は喜び、野菜や、魚、やっと取れたお米を御礼に持参した。
寺を手伝う村人が増えた。
そして、四年が過ぎた。
大吉のかか、さきも、すっかり良くなり、田畑に出て野良仕事が出来るようになった。弟のりゅう、妹のはなも一生懸命、家の仕事に精を出した。
そして、弟のりゅう、妹のはなもお寺の手伝いをするようになり、僧道心先生の教えを受けるようになった。
口伝てに,近郊の村、町の衆にまで広がり、教えを受けたい、人が増えた。
先生は寺小屋を始め、望む者に、読み,書き、そして、学問を教えた。
「道心塾」と命名され、多くの塾生が来るようになった。
また薬草による治療を始め、多くの人々が押し寄せた。
その評判は、荻野山中藩の藩侯、大久保の殿様の耳に入り、士分の者が通っても良い許可、薬草園としてのお墨付きをいただけるまでになった。
大吉も僧道心先生の寺に毎日ゆかれるようになり、学問の習得もずいぶん進み、むずかしい、書物も読みこなせるようになった。
そして、学問所、薬草園の一番弟子となっていた。
ある日のことだった。
その日は遅くまで、病人の看護や、薬草の薬作りで、寺に泊る事になった。
真夜中。表の戸を激しく叩く音で大吉は目を覚ました。
隣の先生の部屋から。
「 大吉、起きているか、ちと、見てまえれ」
「 はぁ、見てまいります」
外の声は慌しく、「 どんどん、どん。 どんどん、どん。」と戸を叩いていた。
手伝いにきている、泊り込みの村の衆が門の戸を開けた。
提灯を下げた町方の商家の番頭風の青白い顔をして立ち、その側には、町籠の若い衆が休んでいた。
「 お願い申しあげます。当家のお嬢様が高い熱が下がらず、呼吸も激しく、苦しんでおります」
「 先生にご診察をお願いいたします。」
「 お取り次を、お取り次を、お願いいたします」
「さあ、どうぞ、お入り下さい。ただ今、先生をお呼びいたします」
すぐに大吉がやってきた。
「厚木町で商ないをいたしております、海産物問屋相模屋の番頭でございます」
「 てまえは、吉太郎と申します。てまえどもの、あるじの一人娘、さち様が、重い病にかかりまして、明日へも知れない重体となっています」
「町の医者にかかっていましたが、一向に良くなりません。
町医者の診察ではあと、数日の命じゃろう。という冷たい言いようでした」
「 今日になって、一段と、熱も高くなり、呼吸も激しく、苦しそうに、なってきました。」

「 どうか、どうか、先生のお力でお嬢様をお救い下さい」
「 先生をお呼びいたしますので、少しお待ち下さい」と大吉が答え、先生を呼びに行った。
すぐに道心先生がきた。
「番頭さん、まず、娘さんの様子じゃが、何時頃から熱が出た。う、ん、うん」と
詳しき聞き取り、大吉にあれこれ、薬の調合を指示した。
「 薬を調合して、あとから,かけつけてくれ。先に行っている」
「 はい、かしこまりました。」
「番頭さん、いくぞ!」
「 へい、有難うございます」
薬箱を持ち、急いで、籠に乗り、厚木町の海産物問屋相模屋に急いだ。相模屋は小田原本店の他、江戸の魚河岸、大阪、四国阿波に支店を持つ大店(おおだな)である。
大吉は指示どうり、薬を調合し、何種類もの薬をつくり・薬箱に入れ、厚木町の相模屋に急いだ
相模屋に着くと、すぐに、娘の寝ている部屋に通された。
すでに、道心先生が娘さんの診察を終え、娘さんの脇で、呼吸を計っていた。
「大吉、薬を出せ。 娘さんを抱き起こせ。」
大吉は抱き起こし、口を開けさせ、薬を入れ、水差しで、流しこむ。
「もう一回。薬を流しこめ、あわてるな。」
頭の額に薬を塗りこんだ湿布を貼り、治療は終わった。
娘さちの、両親、相模屋洋太郎、その江、は心配そうに、枕もとに座り、娘さちを見守り続けた。
「 道心先生、娘は助かりますか・・」
「 先生、どうか、どうか、娘をお助け下さい」と頭を下げ、思わず娘の手を握った。
「 今晩が、山じゃ。もっと、早く見せてくれたら、こんなに悪く、ならなかった。」
「 あとは、娘さんの生きようという力、次第じゃ」
「 拙僧は、明日の患者さんの為、戻る」
「 この大吉を置いておく、きっと、役に立つと思う」
「大吉、あとは頼むぞ」
「はい、かしこまりました。」とやや、緊張して答えた。
にさん、あれこれと注意をして先生は帰った。
大吉は娘の枕もとに座り、脈を計ったり、乾いた頭の湿布を塗り直し,替えた。
朝方、そのに、手つだってもらい、調合した薬を水差しで、流し込んだ。
庭鳥が朝を告げ、白々と明け始めた。
さちの寝息が静かになった。あれだけ高かった熱が引きはじめた。
峠を越えた。
両親はさちの側で、うと、うと、寝ていた。
大吉は一睡もせず、看病し続けた。
さちが目をあけた。口を開いた。
「 あなたはだあれ? どこの人・・・」
その声で、両親が目を覚ました。
「 さち、さち~助かった! 助かった・・・」
洋太郎、その江の目に涙が光っていた。
「 有難うございます。有難うございます。先生方は娘の命の恩人です」
さちはじっと大吉を見つめていた。
大吉はさちに話かけた。
「 まだ、まだ、寝ていないと、いけませんよ」
「 毎日、ここにあります薬をきちんと、飲んで下さい」
「薬は、当分、私がお届けいたします。様子を見させていただきにあがります」
「さあ、それでは、治療所の仕事がありますので、これで帰ります」
先生、少々、お待ちを。ただいまお籠を呼びます。
暫時、お休み下さい。
相模屋洋太郎、さちとの運命的、出会いであった。


五年が過ぎた。
大吉は十四才になった。




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こちらのHPからフリーイラストをお借りしました
白ひげ相模庵 相模屋洋太郎

厚木町の海産物問屋相模屋。相模屋は小田原本店の他、江戸の魚河岸、大阪、四国阿波に支店を持つ大店(おおだな)である。
本店は小田原藩の城下町にあるが、本店は大番頭に任し、洋太郎は厚木町の生まれの為、小田原にはなじめず、ほとんどは厚木の支店に家族と住まいしている。
今回の一人娘 さちの急病に気も動転し、生きたここちのしない日々を送った。
この危機を救ってくれた。
道心先生、大吉先生には心の底から、感謝と、尊敬の念をいだき、人柄にも敬服し、その生き方に秘かに共鳴をし、この二人の後ろ立てになろうと、固い決心をしていた。
道心先生、大吉先生が、娘さちの看病、薬の投薬のため、相模屋に度々訪れ、薬草の話を、聞き。
「 両先生の為に、何か役にたちたい」と考え始めた。
「 そうだ、薬草を作ろう」
「 両先生にご指導をいただき、薬草を栽培しょう」
「 この地方の農民に手伝ってもらい、薬草栽培を広めよう」
「 きっと、百姓の生活の糧になるはずだ」
早速、洋太郎は道心塾を訪ね、道心先生に相談を持ちかけた。
道心は大変喜んで、その指導を快諾した。
「 薬といいましても、大変な種類があります。身近なドクダミやゲンノショウコ、キキョウ、シャクヤク等の薬草。高麗人参(朝鮮人参)」
「 また、クワ、トチノキ、キハダ、ムクゲ、等の葉や種子、樹皮、木部を使用する(薬木)」
「 その中で、一番利用される薬を選んで栽培される事をお進めいたす」
「 その指導を大吉にさせます」
「 薬草の栽培、薬の作り方、調合の仕方は大吉にさせます」
「 大吉は、大変な努力をし、十分な知識を得ました。大吉を使って下さい。」
「 はい、有難うございます。宜しく、ご指導の程お願いいたします」と頭を下げた。
相模の地で、薬草栽培が始まろうとしていた。
大吉先生は朝早く、一日おきに相模屋に通い、
薬草の栽培方法、薬の作り方、配合方法、その効能について、教えた。
相模屋からは、十人を超える若者が、近郊の農家からも、十人を超える若者が来て学んだ。
いよいよ、春が来て。薬草畑が決まり。薬草の種蒔きが始まった。皆、生き生きと仕事に励んだ。
種を蒔いてから、毎日 薬草畑に出て、その生育を見守り続けた。
「 薬草は、育ちが早いなぁ」
「 初めてだが、うまくいくと思う」
「でも、ねぇ~。高麗人参(朝鮮人参)は四年かかるそうだ」
「へえ、そんなにか・・」と。
百姓と相模屋の若者が夢をかけて,てんでに、話し、取り組んだ。
夏が来て。薬草もすくすくと育ち、葉の取り入れも始まり、小屋での乾燥作業も始まり、若者の明るい声がこだました。
秋が来て。いよいよ、実の取り入れが始まり、忙しい,期待に満ちた日々が訪れた。
「 この実は何んて言うんだ?」
「 薬草の実て、よく見ると、とてもかわいいいなぁ」
若者の他愛ない話が何時までもつづく。
相模屋洋太郎はこの薬を広く、江戸、上方、また四国にも将来は広げたいと、商人として、大きな夢をいだいていた。
薬草の製造小屋に足しげく通い、あれこれと、注文をつけていた。
「 最初だから、薬は三とおり位にしょう。頭痛に効くもの。腹痛に効くもの。風邪に効くもの。」
「 それに、名づけが、難しい・・」
「 何と、つけたらよいか?」
「 皆の衆、何か、よい名はないか」
「葛根湯(かっこんとう)はどうだ」
「何ん~だ。昔からあるじゃないか」
「 それもそうだな、わぁはは~」
「それじゃ、富山の薬は、どうだ」
「 ばか、富山の衆からおこらえるぞ」
「 ふうん、なかなか、いい名が出てこないな・・」
「それじゃ、大吉先生のお名をいただいて、大吉薬(だいきちやく)はどうじゃ」
「 いい、いい、いいじゃないか」
「 う、うん、いい、いい」
「大吉薬。これはいける」
「 どうじゃ、皆の衆!」
「 それに、決めた」と言うことで、
相模の「大吉薬」が誕生した。
大江戸での薬の販売が始まった。最初はなかなか馴染みがなく、芳しくなかったが。
「大吉」と言う名がうけた。
「 大吉の薬を飲むと、病が治るのと同時に、運勢がすごくよく成る」と言う,うわさが江戸の町々、人々にに広がり、、飛ぶように売れ始めた。
生産が間に合わなくなった。
うわさは上方にも広がり、厚木の相模屋には沢山の薬種問屋が押しかけた。
洋太郎は道心先生、に相談して、荻野山中藩の大久保お殿様に言上し、指示をあおいだ。
「 相模屋、それは誠か!よい話ではないか」
「 領民に広くいき渡らせ、薬草の栽培にあたらせよ」
「領民の暮らしが立つではないか」
「奉行を呼べ!すぐさま、道心先生、大吉先生、相模屋洋太郎と相談の上、よきにはからえ」
「 何と、よきことか。わぁはは、急げ」
と言う、お殿様のご命令で、荻野山中藩挙げての事業となった。
多くの領民が薬作りに,携わり、益々、大吉薬は有名になっていった。
ある日こと。お城からお呼び出しがかかった。
「急ぎ、道心先生、大吉先生、相模屋洋太郎共々,登城せよ。」と御達しがあり、三人は揃ってお城に向かった。
、陣屋に着くと、直ぐに、大広間に通うされた。暫らくすると、大久保の殿様がお出ましになった。
「 よう、来られた。」
「 領民の為に、おぬし達の日々の努力、有難いと思っておるぞ」
「さて、今日、来てもらったのは、他でもない、おぬし達の今日までの、努力に報いたいと思うてな」
「 はあ、はあ~、勿体無い御言葉、有難き幸せにございまする」と僧道心が答えた。
「 さて、大吉、相模屋洋太郎。両名の名字帯刀を許す」
「 大吉には士分を与える」
「 大吉の名字は、道心先生、どうか、よき名を考えて下され」
「 道心先生は僧籍にある御方ですので、藩の教授方をお願いいたす」
「 どうか、領民の為、頼むぞ」
「 はあ、はあ~有難く、お受け申しあげます」
大吉、緊張のあまり、大久保の殿が退席したのちも、暫し、呆然として座り続けていた。
陣屋からの帰り路。
「 大吉、よき名を拙僧が考えて、進ぜよう」
「先生。本当に私みたいな者がお受けして良いのでしょうか?」
「 わははは、よい、よい、これからの為にな。よい、よい、わははは・・」
「 相模屋殿、お主の名を考えておこう。わははは、よきこと、よきこと」
「 これだから、人生は面白いわははは~」
それから数日後。
大吉、相模屋洋太郎、うち揃って、道心塾を訪ねた。
「 さあ、座りなされ、よき名を考えましたぞ!」
「 まず、大吉。お主の名は」と言って、座り机の上に半紙を置き、さらさらと名を記した。
「 どうじゃ。この名は」
「 慈恩(じおん)と読む」
「ええ、慈恩ですか・・・」
「 そうじぁ、慈恩じゃ、慈悲の心を持って、人と接し。天の恩、自然の恩を常に感じ、敬うと言う事じゃ」
「また、昔の偉いお坊様で慈恩太子といわれた方、多くの著書を持ち「百本の疏主、百本の論師」と称された方がいらっしゃった。その尊いお名を頂いた。」
「 わあ、ああ、ああ。そんな偉い方ですか!」
「 そうじゃ、慈恩じゃ。」
「 先生、それはおそれ多い。とても無理です。」
「 わははは、何を言う、お主は天の子じゃ。何もおそれ多い事などない」
「 受けよ!」
「 は、は、は~」
「 慈恩 大吉。良き名じゃ。良き名じゃ」
「 さて、洋太郎殿。お前様の名は、観空(かんくう)とした」
「 常に、正しい目で、広く、大きく、空を仰ぎ見るように、人々に接する」と言う意味じゃ。
「洋太郎殿の商い。商人の道に生かしてもらいたい」 
「 はい。有難うございます。」
「立派な名に恥じぬように、商人道に励みまする」
慈恩 大吉。
時代と言う大きな風が、もうすぐ吹こうとしていた。




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白ひげ相模庵 相模屋 さち


さちとはなは同じ年の九才であり、遊び友達としては、とても気があった。
かっては、一百姓であったが、大吉の活躍により、いまでは名字帯刀を許され、慈恩(じおん)と名のり、道心塾のお手伝いと学問を懸命に努めている毎日を送っていた。
またさちも相模屋の屋号のみであったが、相模屋洋太郎が認められ、同じく名字帯刀を許され、観空(かんく)さちと名のつている。
ある日の事である。いつものように道心塾の帰りに相模屋を訪ね、さちと会い、さちの部屋で話をしていた。
すると、店頭のほうから、何やら、騒がしく、大きな声が聞こえて来た。
二人が目を合わせ、何事かと、耳を澄ました。
「何かしら? 外が騒がしいこと」
 「 本当に、何かしら?」
店の番頭さんや、手代の大きな声が聞こえた。すると慌しく、手代の宗助が飛んで来た。
「 お嬢様、今、外で騒ぎになっております。どうか、部屋から、お出になりませんように」
「 どうしたの、宗助」
「 はい、二人の酔った侍が丁稚の辰吉どんが、撒いた水がかかったと、いやがらせをし、因縁をつけ、主人を出せと騒いでおります」
「そう、怖いわ」
「本当に、心配」
ちょうど、そこへ、久しぶりに、道心先生と大吉先生が相模屋のさちの診察、挨拶の為、店を訪れたところであった。
頬のこけた、目つきの鋭い、侍が抜刀した。
「 主人が出て来ないのであれば、やむをえん、この丁稚の素首を刎ねてくれよう」
もう一人の浪人者も、いきおいづいた。
「 挨拶の仕方も知らない、店主に、教えてやる」
「 首、胴を二っにして、店頭に晒してやる」
今まさに、丁稚の辰吉の首筋に、刀をつけようとした時。
すると、音もなく,道心先生が動いた。
左手で、抜刀した浪人者の刀を押しやり、右手で首筋を手刀打ちを入れた。
「 う、う~」と呻き声をあげ、浪人者は吹っ飛んだ。
慌てて、もう一人の浪人者が抜刀しょうとしたが、するっと
道心先生は内懐に入り、抜きかけた、刀を押さえ、顔面の人中を一撃きした。
「 ぐしゃ」、鼻の折れる音がして、後ろに崩れるように、吹っ飛んだ。
道心先生、僧として、全国行脚の中、会得した「 唐手」である。
周りで見ていた、衆から「やん、やぁ」の大喝采が起こった。
相模屋の番頭、吉太郎があわてて、出できてた。
「 危ないところ、お助けいただき、有難うございます」
続いて、奥から相模屋洋太郎がでできた。
「 先生、本当に有難うございました。助かりました」
「 さぁ、さぁ、どうぞ、奥へ、お通り下さい」
「 大吉先生も、どうぞ、どうぞ」
相模屋洋太郎が「 誰か、すぐに、宿場のお役人を呼んで来なさい」
二人は縄で縛られて、道端に転がされていた。まだ、気絶したままである。
奥庭に面した、洋太郎が住まいする、奥座敷に通された。
よく手入れがされた、気持ちの良い庭が広がっている。
お茶が振る舞われた。
さて、「さち殿はいかがで、ございますか」
「 はぁ、お陰さまで、あれ以来、元の元気をとり戻し、息災に暮らして、おります」
「 番頭さん、さちを呼んで、来て下さい」
「は、畏まりました」
まもなく、さちお嬢様と大吉の妹、はなが、連れ立って入って来た。
「両先生、本日は、危ないところ、お助けいただきまして、有難うございました」とさちが、挨拶をした。
「どうじゃな、お加減は」
「お蔭様で、すこぶる、元気です。体調も大変よいです」
「 それは,上々、よき事」
すると、大吉が妹、はなに顔を向けた。
「 はな、来てたのか」
「 はい、道心塾の帰りに,立ち寄りました」
「さち殿と、楽しい一時を過ごしていました」
「は、は、はぁ・・」
大吉が楽しげに笑った。
さちが眩しげに、大吉を見つめていた。
改まって、道心先生が洋太郎に向き合った。
「さて、皆様方、大吉のことですが、医術の修行に行かせたいと思いまして、ご挨拶に伺いました」
一瞬、さちの顔が青ざめた。
「 え、え、本当ですか」
洋太郎が咳きばらいをして、さちをたしなめた。
「そして、どちらに参りますか」
「 やはり、医術を学ぶのであれば、長崎だと思います」
「え、長崎ですか」
さちがじっと、大吉の顔を見つめていた。
「何時、出立つですか」
「なるべく、早く、行かそうと思う」
「それで、何年位、行かれるのですか?」
洋太郎が大吉に話かけた。
「 そう、修行次第じゃが、五,六年はかかるじゃろう」と道心先生は答えた

「旅の手配は万事、この洋太郎にお任せ下さい」
「長崎には、懇意にしている、お店があります」
「船の手配も、全て、私にお任せ下さい」
「よろしく、お願いいたします」
大吉の長崎ゆきが決まった。
さちは激しい胸の鼓動が止まらなかった。
さちの初恋であった。









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白ひげ相模庵 大吉の留学 大阪①

大吉は十五才になった。いよいよ長崎への旅立ちの日を向かえた。
大久保のお殿様の計らいで、幕府の長崎奉行の役人、オランダ通詞見習いとして、出島に行く事に決まった。
平塚港から相模屋の船に乗せてもらい、大阪まで行きそのあと、長崎行きの船に乗る、長旅である。
平塚の港には、道心塾の塾生、世話になった
百姓、町民、そして、相模屋の洋太郎夫婦、さち、大吉の妹、はな、沢山の人が見送った。
さちは、妻田薬師のお守りを大吉に手渡した。
「 大吉先生、どうかご無事で、学問にお励み下さい」
「 たまに、便りを下さい」
「ありがとう、一生懸命、励んできます」
「 必ず、便りを出します」
「きっと、ですよ」
船頭から、声がかかった、
「 さぁ、乗船してくだされ」
「それでは、道心先生、いってまいります」
「堅固でな」
「大吉先生、どうかお元気で」
皆の衆に見送られ船上に立った。
大きく、大吉は手を振る。船は少しずつ、港を離れてゆく。
さちは、大きく手を振り、船影が小さくなるまで、じっと見送った。
さちの目から、涙がきらりと光るのを、洋太郎は見ていた。
船は一旦、小田原に立ち寄り、一路、大阪を目指した。
十日あまりで、無事、大阪に着いた。
港には、相模屋の大阪支店の番頭、忠平が迎えに来ていた。
水の都と呼ばれている大阪は、町中を北は土佐堀川、東西は東横堀川、西横堀皮、南は長堀川に囲まれており、縦横に運河がはしっていた。
「あぁ、大阪に着いた」
「 相模の国しか、知らない、田舎者が、あぁ、よく来た」
「 さぁ、参りましょう、大吉先生」
「厚木の主人、相模屋洋太郎から早飛脚をもらい、万事、心得ております」
「さぁ、この屋根船に乗って下され。お店のある道修町にまいります」
大吉を乗せた屋根船が静かに動き始めた。
川の流れにのり、幾筋の運河を通り、道修町に着いた。
道修町は薬種を扱う問屋が、軒をつなれている。
「 さぁ、大吉先生、降りて下さい」
「ここら一帯が、薬種問屋街です。先生のお名をとった、大吉薬も大阪でも、すでに評判で、売れてはじめています」
「 先生の大吉薬が出てから、ここ道修町に薬種専門の別店をだしました」
「そうですか。それは驚きました」
「さぁ、さぁ、ご案内いたします」
すでに、大阪でも「大吉薬」の評判は上々で販路が広がり始めていた。
相模屋の新しい 別店は道修町の表通りに面しており、間口十間、奥行き二十間、裏は
背割り下水が引かれた、堂々として、佇まいであった。
「 おいでやす」「おいでやす」と店内の奉公人から声が係り、大吉は奥に通おされた。
「さぁ、お疲れでしょう。離れにすぐご案内いたします。暫時、お休み下さい」
「造作をおかけいたします」
長崎に向かう、途中、大阪での遊学であった。
翌朝、丁稚の余吉が、起こしにきた。
「 大吉先生、手ぬぐいをお持ちいたしました。顔を洗いましたら、朝餉(あさげ)においで下さい」
「今日の朝餉(あさげ)は、いわしの塩焼き、梅干,香の物、だいこんのみそ汁でございます」
「 それは、かたじけない」
「 船の中では、あまり食欲がなかっただけに、大変ありがたい」
井戸で顔を洗い、大勢の奉公人が食事をする板の間に通おされた。
番頭、忠平が皆に大吉を紹介した。
「こちらに、いらっしゃるのが、大吉薬の生みの親、大吉先生じゃ、みな、よく先生の面倒をみるようになぁ」
大吉が頭を下げる。
「宜しく、お願いいたします」
「 さぁ、さ、先生、こちらに御かけ下さい」
「船旅では、なかなか、食事も満足ではなかったでしょう」
「奉公人と一緒で申し訳ございませんが、どうぞ、お食べ下さい」
「はぁ、かたじけない。遠慮なく、いただきます」
久しぶりの,岡に上がっての、朝餉(あさげ)安堵感と、ゆれない食事のありがたみを感じた。
「さて、先生、大阪で、どちらに行かれたいですか」
「どちらか、決めて、いますか」
「はい、できれば、緒方洪庵先生にお会いいたしたいと思っています」
「え、適塾の洪庵先生ですか」
「はい、ぜひ、お目にかかりたい」
「さようでございますか」
「 丁度、手前どもは適塾とは、お取引がございます」
「私が行って、お話いたしましょう」
「それは、有難い、ぜひ、お願いいたします」
「畏まりました。おまかせ下さい」
緒方洪庵は天保九年、大阪瓦町に蘭学塾、適塾を開設し、多くの門弟を集め、二年後には、一戸建ての家を買いとり過書町に移りっていた。
適塾の教育は独特のもので、五日ごとに開かれる、蘭書の和訳、討論を取り入れた、当時としては、画期的な教育方針であった。
鎖国で外国の文化、情報が入らない、日本あって、西洋文化に触れられる、貴重な場であった。
「早速、今日でも、適塾にまいり、洪庵先生にお目にかかりましょう」
「それは、ありがたい、何分、宜しくお願いいたす」
「おまかせ下さい」
夕刻、番頭の忠平が戻ってきた。
すぐに、離れの大吉を訪ねた。
「 先生、お喜び下さい。」
「 洪庵先生にお許しをいただきました」
「洪庵先生も大吉先生の評判を知っていました」
「ぜひ、おいで下さいとの事です」
「それは、有難い。本当に有難うございました」
「ようございました。私も、ほっと、いたしました」
「 本当にご動作を、おかけいたしました」
翌朝、番頭の忠平の案内で、適塾の緒方洪庵を訪ねた。
玄関で待ちうける者がいた。
「 大吉先生ですか」
「はい、相模の国からまいりました、慈恩大吉でございます」
「これは、ご挨拶,いたみいります」
「 手前は、村田 蔵六でございます」
のちの、維新の軍事の立役者、大村益次郎であった。
「どうぞ、お上がり下さい。先生がお待ちでございます」
「はぁ、お願いつかまつる」
大吉と番頭の忠平は洪庵の居間に通おされた。
 襖を開けると、洪庵がすでに、座っており、にこやかに微笑み、大吉を見つめた。
「 さぁ、さぁ、どうぞ、お座りくだされ。」
「 はぁ、では、失礼つかまつる」
「 先生、昨日、お話申し上げました、大吉先生でございます」
「 はぁ、相模の国から、まいりました、慈恩大吉でございます」
正座して、洪庵先生に丁重に挨拶をした。
「 大吉薬の評判この上方にも広がっており、大変、興味があります」
「 こんなに、お若いとは思ってもいませんでした」
「未熟者でございますが、どうか、先生のお教えをいただきたいと思い、お訪ね申し上げました」
「よくぞ、お訪ねいただいた」
「聞くところによると、長崎の蘭語の通詞身習いに行かれるとの事」
「 誠に、羨ましいかぎりじゃ」
「なかなか、限られた、幕府関係者以外は、出島には入れない」
「直接、オランダ人と接触して、話が出来るのはごく、少数の限られた役人だけじゃ」
「 この機会を大事にされよ」
「 はぁ、有難い、お言葉、肝に命じます」
「 大吉殿の薬草の知識、この塾の生徒にも教えて下され」
「 して、この大阪にどの位、滞在される」
「はぁ、十日あまりだと、思います」
「次の長崎行きの船が出るまででございます」
「さようか、ちと、短いな」
「ところで、大吉殿、蘭語はお解りかな」
「いいえ、見たことも、聞いたことも、ありません」
「 わは、は、は、は それはいい」
「かえって、なまじ,かじって、いるより、真っ白のほうが、早く上達するものじゃよ」
「さて、蔵六。あれを持ってきなさい」
「はい、畏まりました」
しばらすると、蔵六が分厚い、重そうな、一冊の本を持ってきた。
洪庵が大吉の膝の前に置いた。
「 これを見たことがありますか」
「いいえ、見たことはありません」
「これは、蘭学を志す者にとっては、命の次に大事なものです」
「これは何ですか」
し~ん、とした、室内一瞬に張り詰め、大吉は見詰めた。
洪庵が静かに語った。
「これが、ドゥーフ・ハルマです」
「・・・」





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青龍祭の夜・1(清川村)

 清太郎は、初めて清川村に入った。小田急線本厚木駅で降り、神奈中バスに揺られ、小鮎川沿いに上ること40分。静かな山間のバス停『清川村役場前』で降りた。絹子が出迎えに来ていた。
 南 清太郎32才。東京の表参道で、若者に人気のあるブティックを経営している。
 絹子=熊坂 絹子は、清川村の役場前を下ったところにある小鮎川沿いの古民家で、服装のデザイン、製作をしている。
 絹子の家は、江戸の時代から続く旧家である。この清川は面積の93%が山林で、江戸時代から林業が盛んであったが、外国からの安い輸入材に押され衰退した。最近では山間を活用した、お茶作りが盛んになった。清川の澄んだ空気、丹沢が育んだ水が人気をよび、清川茶として名産品となっている。絹子の家も、母が自分の山でお茶作りをし、生計を立てている。
 二人の出会いは、絹子が作品を出品した東京の展示会である。絹子の作品に目が止まり、コーナーに立ち寄り話し込んだのが始まり。それは、絹子のデザインが彼の求めていたイメージ通りだったからだ。彼女のデザインは、清川の豊かな自然をテーマに、川、山、湖、浮かぶ雲、そこに生きる植物、動物を描いている。その時以来、彼女のざん新で豊かな才能を世に出そうと、秘かに決めていた。
 清太郎は、絹子の工房を訪ねるのを心待ちにしていた。絹子から「八月の上旬、青龍祭と言う二匹の龍が出会うお祭りがあるんですよ。よかったら一度見に来ませんか?」と誘われ、来たのだった。
 古民家は道路から一段下がった所にあり、北側には小鮎川が、西側には谷太郎川が流れ、川の流れる音に囲まれ、心やすまる空間となっている。「ここは静かな所だね、空気がうまい。澄んでいる。」二人は谷合の木もれ日の光を浴びながら、並んで歩いた。古民家の赤色のトタン屋根が見えてきた。本道から坂道を下りていった。坂道の中程辺りから水音が近づいてきた。「ここまで来ると、谷太郎川を下る水音がするんですよ。」「うん、いい音だ。都会では味わえない、心に沁み渡る音だ。」「さあ、どうぞ、工房にご案内致します。」清太郎を工房に導いた。
 明治時代に建築された母屋は、どっしりとした落ち着いたたたずまいをしており、一抱えもある黒光りする柱、太いむき出しの梁、古いガラス戸…。どれをとっても、歴史の重みを感じる創りであった。そして高い天井、広い空間。仕事部屋としては理想的だと、清太郎は思った。「ここの仕事部屋の北側に小鮎川が流れていて、時々大きな青サギが、魚を食べにやってくるんですよ。」と話ながら、大きなガラス窓を開けた。川面を渡る涼やかな風が通り抜けた。「ここは夏でも涼しいんですよ。クーラを点けた事がないの。」「本当だね、午後3時過ぎの一番暑い時間帯なのに、とても涼しい。真夏とは思えないね。」
 絹子と清太郎は椅子に腰かけ、仕事の打ち合わせをした。「このデザインはなかなかいい。独創性があって、しかもざん新だ。このアジサイの白と紫の色、配置、よく出来ていますね。」「このアジサイの花の色が、なかなか出せなくて、苦労しましたわ。」「こちらのかっぱの絵、面白い。可愛くて、しかも個性的だ。こちらにも、かっぱ伝説があるのですか?」「ええ、民話ですけど。」と話しながら、絹子は立ち上がって数枚の絵を持ってきた。「『大山の天狗さま』と言う民話からとった絵柄です。」と大きな額に入った絵を見せた。「これはまた迫力のある絵ですね。天狗さまが飛び出して来そうだ。」「この大山の天狗さまの絵は、Tシャツのデザインに使おうと思っていますのよ。」更にもう一枚の絵柄を見せた。「これは今晩お連れする、青龍祭の二頭の龍を描いています。こちらが雌龍こっちが雄龍です。なかなか顔を描くのが難しく、まだ未完成ですの。ほほほ。
この二頭の龍は、その昔、煤ヶ谷村(ススガヤムラ)を流れる小鮎川の天王めいと寺鐘(テラガネ)の深い淵に住んでいて、日照りの時は雨を降らせ、村人を助けていましたの。やがて二頭は結婚するのだけど、青龍祭はその結婚を火を焚いてお祝いする、とても縁起の良いお祭りなのです。」「へ~、縁結びの龍なんだ。」「ええ。」
 仕事の打合せが一段落した頃、太鼓の音が聞こえてきた。「あ、青龍太鼓だわ。もう、こんな時間。お食事に行きましょう。ここから車で20分位走った所に、新しく出来た『宮ヶ瀬湖』という美しい湖があります。その湖畔に、美味しいお蕎麦を食べさせてくれるお店があります。そこにお連れ致しますわ。」二人は絹子の運転で、宮ヶ瀬湖へと向かった。
 大きな急の坂道を何回も登ると、山間に大きな湖が見えて来た。湖の水面がキラキラ輝き、深い青色の水をたたえていた。道路脇の展望公園の駐車場に入り、湖面をゆっくりと眺めた。「何て大きく深い湖なのだ。美しい。山の湖。静かで幻想的。言葉もない…。」
 しばらくすると、民芸風の食堂が現われ、絹子はそこに入った。
(つづく)





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青龍祭の夜・2(清川村)

名物皿そば、手打ちそば、山登と、染め抜かれた、のれんをくぐると、自然を生かした和風の庭があり、その先に入口があった。
店内は落ち着いた、木目調になっており、厚い年代物の木肌が鈍い光りを放っているテーブルに、二人は座った。
「 皿そばを二人枚下さい」 「ここの皿そばは、名物なんですよ」
微笑みながら、絹子は話した。
「ここえ、よく、来るんですか」
「 ええ、母とよく来るんです」「母が大変、ここのお蕎麦が好きなものですから」 しばらくすると、皿そばが運ばれてきた。
細麺の手打ち蕎麦が、五枚の皿に盛られ、そばつゆ、薬味としてわさび、おろしダイコン、細切りの葱が竹を輪切りにした筒に盛られ、小さい椀に、摩り下ろした山芋、うずらの卵がおぼんに乗って出てきた。
「さあ、食べましょう、とても美味しそう」
「いただきます」 清太郎はそばつゆにわさびを、少し溶かし、ねぎ、ダイコおろしをいれ、そばをからませ、スルスルと口に運んだ。そして次は摩り下ろした山芋、うずらの卵を入れ、そばをからませ食べた。
「うまい、これぞ日本蕎麦だ」 「シンプルにしてベスト」「こんな山奥でこんなにうまい蕎麦に出会えるとは、ラツキー」
「オ、ホ、ホ、ホ、気に入ってもらって良かったわ」
「やはり、水がいいんだろうね」
「清川は水、源流の里と言われていますからね」
「もう少し、食べたいな」
「すいません~あと二枚、お願いいたします」「はい~喜んで」
二人は湖畔の日本蕎麦屋で楽しい時を過ごした。
「ここから、少し行くと、虹の大橋と呼ばれている、橋があります。
そこから先は、隣町の津久井町に入ります」
「そこに、虹の大橋、宮ヶ瀬湖、山並みを見渡せる、景勝地があります。」
「そこから眺める、風景は、それは、それは、美しい。いつまでも見ていたい風景です」
「へ~ぇ ぜひ見たい。連れて行って下さい」
二人は店を出て、津久井町の鳥屋(とや)の津久井馬術場の近くの、虹の大橋、宮ヶ瀬湖、を見渡せる場所を目指した。
現地が見えて来た。 以前からやっていた、温泉旅館を改造して、老人向けの宿泊施設が建築中であった。現場の責任者に断り、その小高い岡の庭に登らせてもらった。
「わぁ~すばらしい、風景だ。ここから見る、虹の大橋、宮ヶ瀬湖、山並みは、絶景だ」
「私もこの風景が好きです」
「本当だね、やはり、その場所に来ないと、解らないものだね」
「それに、ここからもう少し入ると、美味しい、隠れた、知る人ぞ知る、まぼろしの、お饅頭があります」 「へ~ぇ、いろいろあるんだねぇ」
「たみ子おばあさんの、酒まんじゅうと呼ばれています」
「但し、今日は食べられません」 「えぇ、どうして?」
「ほ、ほ、ほ、ほ、注文生産なんです。事前に電話で申し込んだ人だけ、なんです」 「だから、まぼろしの酒饅頭と呼ばれているんだね」
二人は現場の監督さんのお礼いを言って、青龍祭の本祭が行なわれる、運動公園に急いだ。
運動公園に着いた。 公園の入り口に、昔懐かしい、露店が並び、淡い電燈の提灯が吊るされ、その下を、村の人々がそぞろ歩きを楽しんでいた。
グランドに入ると、大きい青色の、二頭の龍が並んで、木で組んだ台座の上に置かれていた。その周りを見物の人が龍をバックに写真撮影をしていた。
二頭の龍には、数メーイター間隔で、竹の棒がつけられており、担ぎあげられるように工夫されていた。
「わぁ~大きな龍だこと。今まで見たこともない」「すごい、迫力。奇祭だ」
「こんな、お祭りがあるなんて、驚いた」
「見に来られている方は、ほとんど村人です」「 村の伝統行事なんです」
「この龍は大きな竹籠の上に、萱を束ねて、正月から準備をして、作るの」
「へぇ~もっと、多くの人に見せれば、貴重な観光資源になると思うよ」
「素朴で、繊細で、そして、豪快。すごく面白い」
グランドの外れに、舞台が設置されており、主催者の挨拶が始まり、やがて踊り、歌等が演じられ、青龍太鼓に移っていった。
二頭の龍が担ぎ手の肩に乗り、大きく回遊する。20メータをこえる巨大な二頭の龍が飛ぶ様は、豪快さを超えた、感動を与える、まるで幽玄の世界だ。
「すごい! こんなお祭りは他にないのではないか。感動だ」
青龍太鼓の豪快な、連打が続き、二頭の龍に火がつけられた。
パチパチと竹を弾く音をあげながら、あっという間に火は回り、炎は高く、高く、勢いを増し、辺り赤い色に染めあげる。谷間のグランドを赤々と照らしながら、人々の願い、祈りを乗せて、龍が天に昇ってゆく。花火が打ち上げられた。
ふたりはそっと手を合わせた。
清太郎は「 この人と一緒にパリにいけますように・・」と祈った。
そして、運命的な絆を感じていた。
絹子「清太郎さんといいお付合いが出来ますように・・」
絹子も心が震えるような、運命を感じていた。
青龍祭の夜、二人の顔を赤い炎が照らしていた。 

(つづく)







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青龍祭の夜・3(清川村)

翌朝 電話がなった。「はい、熊坂でございます。」 「もし、もし、絹子さんですか。南です。」 「昨日は有難う。とても楽しかった、とても印象に残った」 「龍の舞い、火をつけられて、天に昇ってゆく姿、すごい、こんなお祭りが有るんだね。本当に驚いた」
「ところで、絹子さん。ビックニュースだ」 「はい、ほほほ、何でしょうか?」
「さっき、入ってきたばかりの情報だけど、絹子さんがデザインした作品が、東京コレクションに入選した」「すごい事だよ。本当に」「パリコレに道が開かれた。おめでとう」
「え、え~、ぇ、本当ですか・・」「信じられない。夢みたい」
「本当だよ、そのうち、新聞記者が取材に押しかけると思うよ、うわっはっは」
「とにかく、おめでとう。なるべく早く、打ち合わせに、東京に来て下さい。」「絹子先生!」 「先生なんて・・やめて下さい・・」
「何とも、めでたい、よかった、よかった。待っていますよ」
数日後、絹子は清太郎に会いに東京、表参道に向かった。 小田急線本厚木駅から千代田線「表参道」までは直通のロマンスカーがあった。朝6時28分、ちょっと早いが、7時17分には表参道に着く。清太郎に会う前に妹の絹江と久しぶりに会う約束をした。
青山通りを歩く、早朝の青山は人通りも少なく、閑散としていた。絹子のスラッとした、細身に、自身でデザインした、薄紫色の地に花柄模様をほどこした、ワンピースが清楚の香が漂うようであった。道ゆく人が振り返るような華やかさがあった。

二本目の角に待ち合わせの、喫茶店があった。ガラス越しに、手を挙げる、絹江の姿が見えた。絹子も微笑んで、軽く手をあげた。
ドアを開け、窓際の絹江の席についた。
「久しぶりねぇ、元気だった。」「大学の勉強はうまくいっている?」
「あ、は、は、お姉ちゃんは相変わらずね」 「だんだん、お母さんに似てきたわねぇ~」 「まあ~ご挨拶ね」
「ところで、お姉ちゃん。こんなに早く、どこに、いくの?」
「実はねぇ、私のデザインした作品が、東京コレクションに入選したの。それで、南さんに呼ばれたの」
「お姉ちゃん。本当。すごいわ!」「お姉ちゃんの作る服は、どこか、人と変わっていると思っていたが、まさか、入選するとは!」
「驚き・・・」  「絹江ちゃんの言い方は、誉められいるのか、どうか、解からないなぁ・・」 「やぁ、だ~当然、誉めているのよ。ふふふ」
「そう、とっておきましょう」
「それで、お姉ちゃん、これから、どうするの?」
「うん~ 私も、突然の事で、少し、不安なの・・」
「大丈夫よ、お姉ちゃんなら、きっとうまくいくわ」
「いいな、お姉ちゃん。チャンスよ。当たってくだけろよ」
「絹江ちゃんて、のん気で、いいわ・・」
久しぶりの姉妹の会話は、楽しそうに、時間一杯、続いた。
「あれ、こんな時間、そろそろ行かなければ、出ましょう」
「南さんの会社まで、一緒に歩いていきましょう」
二人は並んで、並木路を歩いていった。南の会社の近くまで来ると、並木を背景にして、外国から出店している、ある有名ショツプの写真を撮っている、人に出会った。
突然、カメラのレンズを向けた。一瞬、二人を眺めて、そして微笑みを浮かべながら、近寄ってきた。
「お二人の写真を撮らせてくれませんか」
妹の絹江が驚いて、「え、私達の写真ですか?」、絹子は黙っていた。
「初めまして、久坂 源次といいます。写真を撮るのを、仕事としています」
「突然で、驚きでしょうが。ぜひ、お二人の写真を撮りたい。お願いいたします」「 私はこのお店を雑誌に載せるために、撮影しています。そこに、偶然、あなた方をカメラレンズで見ました」
「私が探していた、イメージにピッタリでした。大変、驚きました。天のお引き合わせです。お願いいたします。」
この時、店の入口から、背の高い、青い目をした、外国人が出てきた。
写真家の久坂と話をしていた、外国人が二人に頭を下げ、挨拶をした。
「私はこのフランスの店の、支配人しています、ピエールと申します」
「久坂さんの願いを、どうか聞いてもらえませんか。私からも頼みます」
流暢な日本語で二人に話しかけた。
絹子は黙っていた。

(つづく)







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青龍祭の夜・4(清川村)

絹江が絹子の表情を伺うように、顔を見つめた。その時である、絹子の携帯が鳴った。
その場を離れ、電話に出た。
「ハイ、熊坂です。」 「絹子さん、清太郎です。おはよう。今、どこですか?」
「おはようございます。もう、清太郎さんのお店の近くです。ちょつと、困った事が起きて・・」 「 え、困った事、て・・・」
絹子は清太郎にカメラマンの事を説明した。「どこの店の前、それで、相手は何という方ですか?」 「 お名前は、確か、久坂 源次さん。お店はフランスのショップよ」 「えぇ~本当! すぐ行くから、そこにいて」
というなり、電話は切られた。絹子は何のことか解らなかった。
絹子が戻ると、絹江は久坂と楽しそうに話しをしていた。
「お姉さん、誰と話していたの?」 「清太郎さんと、今すぐ、ここに来るって・・」「 え、ぇ本当。それは、いいわ」
ほどなく、清太郎が小走りで、駆けよってきた。
「清太郎さん、ずいぶん早かったのね」 「あ、あ、駆けてきたから」
「オオ~、南社長さん!」 「 久坂先生。お久ぶりです」
「ピーエル支配人、いつもお世話になっています」
「驚いたなぁ~このお二人のお知り合いなんですか!」
「ええ、私のところに来る、途中だったのです」
「え、え~二度、ビックリ。それでは、南社長からも、お願いして下さい」
久坂が南に「写真を撮らせてほしいと」いう、願いを説明した。
南は何度も、うなずいていた。しばらくして、清太郎が二人を、木陰に呼んで、話した。
「絹子さん、絹江さん、久坂先生は写真家としては、一流だ、撮ってもらおうしても、なかなか撮って貰えないカメラマンだ」
「めったにないチヤンスだ、絹子さん、デザインで入選して、これから、世に出ていく為に、この人に撮ってもらえば、大きな後ろ盾になる」
「撮ってもらいなさい」「 絹江さんも、将来の何かの役に立つと思う」
ふ~っ、と絹子は息を吐いて。
「このお店のピエールさんも、この世界では、有名な人だ。知り合いになることは仕事の役に立つ」
絹子は目線をあげて、遠くの空を見つめた。ふと、青龍が空に昇ってゆくのが絹子には見えた。決断をした。
「久坂先生。こんな、私たちで、よければ、撮って下さい、お願いいたします。」
「は、あ、有難うございます。いい写真を必ず撮ります」
ピエール支配人も微笑んで、「有難うございます」と頭を下げた。
「先生。メイクを直しましょうか?」
「いいえ、いまのままの、自然の姿がいいです」
清太郎が見守るなか、写真の撮影が始まった。
数時間の時が過ぎた。
「さぁ、終わりました。有難うございました。」
「とても、いい、写真が撮れました」「あなた方の、新鮮で、清楚な感じがあらわれた、いい写真が撮れたと思います」「私にとって、最近にない、自信作です」「楽しみにしていて下さい」
「出来上がったら、お送りいたします」
ピエール支配人が「どうぞ、中で、お茶を召し上がって下さい。さぁ、どうぞ」 二人は清太郎に促されて、店内に入った。そこは、別世界の雰囲気があった。支配人室に通おされた。室内はロココ様式にまとめられ、落ち着いた、空間となっていた。
絹子と絹江は珍しそうに、辺りを見回した。
「サア、どうぞ、お座りください。」
久坂と三人は大きな大理石のテーブルに座った。
「本当に有難うございました。私が探していた、撮りたいと思っていた、人にやっと会えました。その上、南社長のお知り合いとは、とてもうれしいです」
「南社長からお話を聞きました。東京コレクションに入選された、デザイナーとの事、偶然でなく、ここで、あなた方に会えるよう、天が機会を作ってくらたと、感謝しています」
清太郎が「 はい、そうですね。天でなくって、龍が会わしたんだと思います」
「 え、龍て、何ですか?」 「いいえ、冗談です、ははは」
「この写真は、雑誌、ワールド・フアッションの日本語版・フランス語版・イギリス版の表紙を飾ります」
「え~え、本当ですか。お姉ちゃん。どうしょう!」



 


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ザ カッパ①
不思議な島 ローズ島
遠い昔 二っのカッパの国がありました。
一っの国は ホワイト王国 もう一つの国はレッド皇女国です。
二っの国はローズ川を国境にして、接していました。
先代の頃から、ローズ川の領有をめぐり争っていました。
このローズ川は大きな川でほぼ真ん中に小さな島があり、その島の領有権が争いのもとです。
ホワイト王国側の国境には白の軍服の兵隊がいつも警備しています。
レッド皇女国側の国境には赤の軍服の兵隊が警備いして、互いの川の真ん中の国境を挟んで対峙しています。
両国の話合いで、取り合えず川の中央に位置するローズ島は中立地帯として、両国民が自由に行き来する事ができる、緩衝地帯として置く事と取り決めが出来ました。
カッパは水の中を自由に泳ぎ回る生き物。特に 若者達は、国境など「ヘのカッパ」です。
どこえでも、自由にかってに行き来し、両国の国境警備の兵隊から、追い回されます。
さて、今日は中立地帯のローズ島にホワイト王国、レッド皇女国の双方から、沢山の若者が集まって来ました。
カッパのパーテイです。
楽器を奏でる者、その楽器に合わせて、歌を歌う者、円になって、踊る者、持参した果物やお酒を飲む者、それは、それは、楽しく、喜びに満ち顔、顔が溢れています。
しかし、よく見ると、ホワイト王国はホワイト王国のカッパだけで談笑し、楽しんでいます。
レッド皇女国のカッパはレッド皇女国のカッパだけで、楽しんでいます。
何か変です。 お互いに行き来はありません。
それは、両国の兵隊から 「 他国の者と接するな。話すな」と言われているからです。
でも、若者は「 カッパはカッパ同士」と思っています。
しかし、お互いの壁を破るのには、まだまだ
時間が必要みたいです。
そして、この島には、両国の王しか、知らない重大な秘密が隠されています。
その秘密のため、どうしても、この島の領有が欲しいのです。
下々の者には知らせない秘密です。
島で騒ぎが起きました。
ホワイト王国の若者がたまたま、投げた石がレッド皇女国の若者の弾いてた楽器に当たり壊してしまいました。
怒ったレッド皇女国の若者が、すぐ反撃にでました。石を投げ返したのです。運悪く、そばにいた、女のカッパに当たり、騒ぎが拡大しました。
ホワイト王国の若者 「レッドをやつけろ!」
「 たたきのばせ!」 「 やれ、やれ、みんな反撃しろ」
レッド皇女国の若者 「 ホワイトに負けるな!」「 どんどん、投げろ!」
「 さあ~戦争だ!」
石に当たって、倒れる者、血を流す者、急いで島から、川に飛び込む者。大混乱。
ホワイト国の若者は自然とある若者の指揮の下闘った。
名をラオンと言った。
「 引くな。戦え。ホワイト国の若者の勇気を示せ!投げろ、投げろ。倒れても投げろ!」と先頭に立って、戦った。
一方、レッド皇女国は女カッパが指揮を執った。
名をリアと言った。
「 戦え。引くな。レッド皇女国の名誉にかけ、一歩を引くな」
ますます、戦いは激しくなり、石音は天地に轟いた。
両国の兵隊が若者を止めるのではなく、石投げに加わったから、大変。まるで、戦争になった。
飛ぶ石で、空が見えないほどであった。
バッタ、バッタと双方から倒れる者が続出。
収拾がつかない事態となった。
双方の兵隊が、王宮に急ぎの使者を送る。
やがて、戦い疲れ、双方とも,自国側に引き、ケガした者の手あて、搬送が始まった。
しかし、まだ、睨み合いは続き、険悪な情勢であった。
陽が暮れ始め、あたりが暗くなってきた。



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ザ カッパ②

近づいて来る 騎馬隊が見え 太鼓の音も聞こえてきた。
ホワイト国の王宮警護隊の白い旗が見え、高らかに、儀仗兵団の進軍ラッパがし、ローズ川の自国側に整列した。
少し遅れて、レッド皇女国の王宮警護隊の赤い旗が見え、赤い儀仗兵団がレッド皇女国側に整列した。
対じしていた、両国の国境守備隊もそれぞれ整列した。
レッド皇女「 守備隊長、何が起きたのじゃ」
マワリ守備隊長「 はは、はぁ~ 実はローズ島に渡った、両国の若者の間で、些細な事から、石を投げ合い、多数の怪我人がでました」
「 どうして、石を投げる事に相成った?」
「 はぁ、最初に投げたのは、ホワイト国の若者でそうで、それで、反撃をして、事が大きくなったそうです」
「守備隊長 おぬし達、兵士を加わったのか?」
「 はぁ、それは、ホワイト国に負けないように加勢いたしました」
「 愚か者! 争いを止めるのが、おぬしの仕事ではないか」
「 死者はいないか」
「 お陰さまで、怪我人は多数だしましたが、いません」
レッド皇女は馬を前に出しホワイト国側に呼びかけた。
「 私はレッド皇女国 皇女ユーリンであります。この争いを収めたい。双方とも引く事でひとまず、収めたい。いかかじゃ」
ホワイト国側はしんとして、声は無かった。
その時、一番、先頭の白馬に跨り、鉄カブトをかぶった騎士が歩み出た。
そして、静かに鉄カブトを脱いだ。
見事なブロンドの長い髪を解き、答えた。
「 私は、ホワイト国 国王 ビスカス。
 私もこの様な事で、争いは好みません。
 私共も引きましょう」
ホワイト国 ビスカス国王は美しい女王であった。
「 ありがとうございます。女王閣下」
「 私も貴国とは、仲良くしたいと思っております。この争い契機に貴国とは、いろいろ話合いたいと思います。」
「 はい、私も貴国とは仲良くしたいと考えています」
「 同意いたします」
「 近々、貴国に使者を送りたいと思います」
 「 どうでしょう、このローズ島で、会談いたしては」
「 そうですね、それは良いお考えです。同意いたします」
「 それでは、ユーリン皇女閣下、これにて、失礼いたします」
「 者ども、引き上げるぞ」
ホワイト国 ビスカス国王、レッド皇女国
ユーリン皇女、双方は引き上げた。
ローズ島に静粛が戻った。




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ザ カッパ③ローズ島の秘密

ホワイト王国 レッド皇女国の間を流れるローズ川の中間に、ローズ島があります。どちらの国にも属さない、緩衝地帯です。
このローズ島に両国の王しか知らない、重大な秘密がありました。
それはこの島の誕生にあります。今から、数百年前にさかのぼります。
初代の王様の頃 ある夏の夜、突然 北の空が明なり、真に燃えた大きな火の玉が大音響とともにローズ川落ちてきて、そして少しづつ冷えてきて、ローズ島が誕生した。
国境であるこの地帯に立ち入る事を禁じた。
それから100年が過ぎた。
ローズ島の下流の農民から、「大きなヤシの実」が流れてきて、割って食べた農民が「大変おいしく、しかも、元気が出る」また「ケガや病気が治る」と各村で評判になっているというウワサが流れた。ホワイト王国の王宮にヤシの実が届けられた。
早速 食べる実験が行なわれた。若い兵隊と年老いた兵隊が食べてみた。
若い兵隊「 とてもおいしい、こんなおいしい食べ物初めてだ」 年老いた兵隊「 とてもおいしい、それにすこぶる元気が出てきた」
王はじっとその話を聞いていた。
「よし、それでは、病気の者に食べさせてみよう」
王宮内にある、治療所の患者に食べさせた。
食べさせた患者は一口、口に入れると深い眠りについた。翌朝 患者は目を覚まし、寝床からおり、両手をあげ「 病気が治った。あの重い病気がすつかり治った」 喜びのあまり王宮を駆け回った。
他のヤシの実を食べた患者も全快し、喜びをあらわにした。
ホワイト国の王は早速、ローズ島に調査に行くように兵隊に命じた。
また同じ頃、レッド国の王宮にもあの不思議なヤシの実が届けられていた。
試食がおこなわれ、その効果が絶大な事にきずいた。
ただちに、兵隊がローズ島に派遣された。
ローズ島をはさんで、両国の兵隊が相対した。
両国の兵隊がローズ島を見つめた。
「 あれぇ、この島は草木一本生えていない?」
「なんだ、なんだ、この島は石のままだ」
「 ヤシの木など、どこにも無い」
「 なんだ、キツネにつまれたようだ」
「 帰えろ、帰えろ、くたぶれた」
 ローズ島は灰色のないもない、石の島であった。
「それにしても、どこから、あのヤシの実はきたのか?」 「 不思議だ、不思議だ、不思議な島だ」
両国の兵隊はそれぞれの国に帰り、王様に報告した。
王様は驚いたが、それ以上は追求しなかった。
それから、100年の時が流れた。次の次の王の時代また、ローズ川にヤシの実が流れた。
両岸の村人は先祖のいい伝いで、その不思議なヤシの事は知っていた。
「 わぁ、あの不思議なヤシだ、あの不思議なヤシが流れてきた」
村人は争そって、不思議なヤシの実を拾い、集めた。
王宮に届けられた。
早速、王様が食べた。「 とてもおいしい、こんなおいしい物、初めて食べた」
「 とても元気が出てきた」
「多くの、病人に分け与えよ」 「 年寄りに与えよ」
「 でも不思議じゃ、不思議じゃ、王家の伝説にある。100年ぶりじや」
「 どこからきたのか?」
両国の王様は病人や年寄りに分け与え、自分の物にしなかった。
だが、この不思議なヤシの実がどこから来るのか解らなかった。100年前と同じように早速、ローズ島にホワイト王国、レッド皇女国の兵隊が派遣された。
しかし、ローズ島はないも無く、一面青い草原におおわれていて、そして、中央付近に大きな四本の木があったが、ヤシの木は一本も生えていなかった。青い草原の島であった。そして、この不思議な話は伝説となった。
この不思議な話を誰もが忘れてしまった。しかし両国の王家にはローズ島の「不思議なヤシの実」の伝説が受けつながれた。「王家の秘密」となった。
「100年目の満月の夜、この不思議なヤシは流れくる。おそらくローズ島からとおもわれる。」と代々王家の王に口伝で言い伝えられた。
また時が過ぎた。
100目の年がめぐってきた。ローズ島は大きな四本の木が、この島のシンボルとなっていたがやはり草原の島であったが、島に周囲な白砂と小石でおおわれ、若者の川遊びには絶好の場所になっていた。




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ザ カッパ④満月の日

ホワイト王国、レッド皇女国の若者の争いは終息にむかった。
ローズ島はいつもの静粛が戻った。
ホワイト王国のビスカス国王はローズ川の「不思議なヤシの実」の伝説を信じていた。そして100年ごとに「不思議なヤシの実」がローズ島から流れくるのではないかと推測していた。
そしてその100年目にあたるこの年秘かに、兵隊にローズ島とその周辺の警備を命じていた。
今のところ何の変化もなかった。
また、レッド皇女国 ユーリン皇女も同じように考え、ローズ川の警備を秘かに進めていた。
ユーリン皇女も「不思議なヤシの実」はどこにあるのか、何時、表れるのか、長い間の疑問であり、また、時々空想していた。
今回の若者の争い後、ローズ川、ローズ島をくまなく探索したが、特別な変化はなかった。
ユーリン皇女は昔の王家に伝わる、歴代の暦担当の記録簿を秘かに取り寄せて、調べていた。
すると奇妙な事が解った。
100年前の記録によると、ローズ川に「不思議なヤシの実」が流れ下った日は、空気の澄んでくる初秋の満月の翌日であったと記されていた。
ユーリン皇女「初秋の満月の翌日、何となく気になる・・」
「 月と何か関係があるのか?」
「 そうだ、早速、調べさせよう」
暦担当のカッパ博士が呼ばれた。
「 閣下 御呼びにより参上いたしました」
「博士 今年の初秋の満月の日はいつになるか調べてほしい」
「 はぁ 満月の日ですか?」
「そうじゃ、頼むぞ」
「かしこまりました」
カッパ博士 「 初秋の満月の日 いったい閣下は何をお調べなのか?」
「どうもわからない」
王家に伝わる、「不思議なヤシの実」の伝説は博士にはわからなかった。
初秋の満月の日を博士は早速調べて、ユーリン皇女に報告にあがった。
「閣下 初秋の満月の日は八月二十五日であります」
「 さようか。八月二十五日か。もうすぐじゃな」
「 はぁ さようでございます。ところで、その日に何かございますか?」
「 いや、今は言えぬ。時がくれば、そちの力をかりよう」
「 は、は、は、かしこまりました」
博士は何のことかわからず、ただお聞きしおくだけであった。
ユーリン皇女は100年目の初秋の満月の日は八月二十五日に何か、不思議な事がおきるのではないかと考え始めて。
 一方 ホワイト王国のビスカス国王も100年目の今年 このローズ川 ローズ島の付近で「不思議なヤシの実」に出会えるのではないかと期待し、また秘かに願っていた。
しかし、この一年の何時なのか、かいもくわからなく、そのため兵隊をこの流域に随時展開をさせていた。
兵隊達も通常の国境警備だと思っていたが、隊長からの命令は「毎日川面を特に見張れという」そこし、変わった命令であったが、気にとめる者一人といなかった。
暑かった夏が行き、涼しい風が吹く、初秋の八月中旬を迎えた。
いよいよ、ユーリン皇女が動き始めた。
一隊を引きつれて、ローズ島が一望できる対岸にキャンプをはった。
その知らせはホワイト王国のビスカス国王のもとに届けられた。
「 そうか、ユーリン皇女が動いたか」
「 よし、我が方も直ちに、出動しょう」
「 ローズ島の対岸にキャンプ地を設営せよ!」
「ただち、ローズ島をめぜそう!」

ユーリン皇女、ビスカス国王の両軍がローズ川はさんで対じした。兵士達は何で対じしているのか、その理由は解らなかった。




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